- サンタの夜は不思議らしい -
クリスマスイブの夜。街は七色のイルミネーションでライトアップされていて、とても綺麗である。 足立を美緒はふらふらとした足取りで、いつもと違う異空間のような演出がなされた街の中を徘徊していた。しかも彼らの格好はサンタクロースである。 「もし今夜がクリスマスイブじゃなかったら、俺達ただの不審者だよな」 肩に背負ったプレゼントいりの袋を軽く揺らしながら、足立は周りを見回す。もちろん、こんな時間に住宅街を歩き回っているのは二人以外に誰もいないのだろうが、それでも気になってしまうのである。 そんな挙動不審を見せる足立の横腹を、美緒は軽く小突いた。 「なーにいってんの、ゆうくん。ゆうくんは普段から不審者っぽいよ」 彼女のニヒルな笑みは、サンタクロースの衣装に似つかわしく、足立は自分の精神がますます不安定になるのを感じた。 「………そうか」 それだけぽそりとつぶやいて、彼は美緒より半歩前に出て、無言で歩き続ける。一方、彼からなんらかの反応を期待していた美緒は、きょとんとその場に立ち尽くした。 数秒、数秒後して、彼女ははっと置いていかれていることに気付き、足立の後ろ姿を追いかけ始める。 「ま、待ってよゆうくん」 不思議な街の中を、彼らは進み続ける。まるで、迷い込んでしまったかのように――――気持ちだけは、不安定だった。 ○ 「一軒目、ここであってよな」 ポケットから取り出した紙をのぞき込んで、それから目の前の家の表札を確認して、足立は言った。 美緒も同じく、彼の持っている紙をのぞき込んで、それから表札を確認した。 「うん。そうだね。ここであってるよ」 「よし」 素っ気ない返事と共に、足立はパサパサと紙を折りたたみ、ポケットに戻してから美緒のほうを見る。 「えっと、どうやって入れば良いんだ」 まさか、インターホンを鳴らすわけには行かないだろう?と、彼は表札を手の甲で軽く叩きながら言う。その一部始終を見ながら、美緒は携帯を取り出す。 「これだよ、これ」 目の前に突き出された携帯電話を、足立はまじまじと見つめた。背面ディスプレイには『12月24日』と日付が映し出されて、小さなクリスマスツリ―のアイコンが踊っていた。 「電話でもかけるのか。サンタでーすって」 彼はそうつぶやく。途端、携帯がポコンと開いて、彼の顔を直撃した。 「痛っ」 原因は明白だった。美緒が側面のボタンを押して開いただけだった。 「何いってんの。これだよ、これ」 目の前に携帯を突き出したまま、彼女はその携帯についていたトナカイをつかむ。 「佐藤さんにもらったでしょ。このトナカイ」 声に少し覇気がこもっていた。彼はそこでようやく自分が勘違いしていいたことに気付く――――が。 「あ、あぁ……」 曖昧な返事をして、トナカイを探すべくポケットに手をつっこんだまま、彼は美緒の携帯の画面を見つめていた。 待受画面。それは、三年前のクリスマスの写真だった。足立と美緒のツーショットである。二人並んで、ニコニコしている。とても幸せそうな顔だ。 不思議だな、と彼は思う。ここに写っている自分は確かに自分なのに、まるで自分で無いような――――そんな気がする。なんだか無性に腹がたつ。 ――――この写真を撮ってもらった友人の顔は、今でも覚えている。鬼のような形相をしていた。気にもとめなかったが。 「…………?」 美緒は足立が自分の携帯を見つめていることに気付き、不審に思った。 ――――どうしたのだろう。 「ゆう……くん?」 声をかけても、彼は反応しない。しょうがないので、携帯を左右に振ってみる。 「そ〜れ、そ〜れ」 すると、これまた奇妙なことに、その動きに合わせて足立の目玉が左右に動く。止めればそこで止まり、再び動かせば動き出す。 「…………」 そんなことを無言でし続ける足立に、携帯を振るのを止めて、ついに美緒は口を開いた。 「どうしたの、ゆうくん」 それでも彼はまだぼんやりと携帯を見つめている。いい加減しびれを切らした彼女は、携帯をパチンと閉じる。 画面を閉じると、携帯の先にあった足立と目が合った。 美緒はしばらくその目を見ていたが、おかしなことに気付く。 「なんで………泣いてるの?」 彼の目からは、一筋の涙がこぼれ落ちていた。 「………あ」 そこで足立はようやく美緒がこちらを見ていることに気付き、慌てて服の袖で顔をぬぐう。 「ご、ごめん」 そんな彼の行動を見てしまい、美緒は思わず目をそらす。 「いや、いいよ。僕が悪かった」 その声からは、感情が読み取れない。 「どうしたの?」 だから美緒は、そう尋ねる。 「私の携帯、そんなに感動した?」 彼女は再び携帯を開いて、自分自身で待受を確認する。そして、笑ってしまった。 「やだ、ゆうくん。まさかこれで―――」 最後まで言わせず、足立は美緒に抱きついた。 予想外の行動に、彼女は戸惑う。 「おかしいだろ!?ほんと、おかしいだろ!? 笑っちゃうだろ!?」 美緒の事など、ましてやここが住宅街の真っ只中ということもお構いなしに、彼は大声で叫ぶ。 頭の後ろから聞こええてくる、足立の悲痛な叫び―――― 美緒は、足立の口を自らの口でふさいだ。 二人は、しばらくそのまま抱き合っていた。 |