- サンタは沢山いるらしい -
 薄暗い小屋の中に入っていくと、昨日佐藤が物書きに使っていた机がずらされていた。机があった場所には人が一人入れるぐらいの穴がポッカリと空いていて、急な階段が下に続いている。真っ暗なので、その先がどうなっているかは全く分からない。
 足立はなんだか気味が悪いので、立ち尽くしていた。すると、先に穴に入っていった美緒の声が聞こえてきた。
「何してるの、ゆうくん。早くおいでよ」
「あ、あぁ」

 ――――今、暗闇で、2つの鋭い光がきらめいたような?
 気のせいだ、と自分に言い聞かせて、 足立はいそいそと穴の中に入っていく。
 
 階段は結構長く続いているらしく、穴の上から差し込んでくるわずかな電灯の光が消えそうな所までやって来て、やっと階段が終わった。
「こっちこっち」
 暗闇の中から突然伸びてきた美緒の手に引かれて、足立はしばらく平坦な道を歩いた。
「……いったい、この先に何があるんだ」
 ヒタヒタと冷えた空気の中を突き進みながら、足立は無意識に声のトーンを落として美緒に尋ねる。
「さっきも言ったじゃん。トナカイだよ、ゆうくん」
 トナカイ。そう、トナカイとはサンタクロースのソリを引く、現実に存在する動物である。まれに空を飛ぶことがあるらしいが、その航空力学を全く無視した飛行の仕組みは、いまだ解明されていない。といういかにも馬鹿らしい話を足立は昔図書館で読んだことあった。
「そのトナカイはさ、空を飛ぶのか?」
 確認してみよう、と彼は思った。まさか本当に空をとぶトナカイがこの先に待ち構えているというなら、それこそ世界仰天ものである。だが、今まで過酷で現実的なクリスマスの裏舞台をまざまざと見せ続けられてきた足立にとって、そんな幻想は是非ともすがりたいし、めぐり合いたいものであった。

 突然、美緒の歩みが止まる。そして、暗闇の中から視線を感じる。
 しばしの沈黙。
 足立は期待を膨らませた。
 だが、聞こえてきたのは快活な笑い声。
「あはは! ゆうくんってば、その年でまだそんなこと信じてるの!? あははははは、おかしーっ!」
 ゲラゲラと、女性にあるまじき美緒の下品な笑い方に、足立の幻想はぶち壊された。

 ――――完全に、ぶち壊された。

 ○

 辿り着いた部屋は、かなり広かった。というのもその部屋に入った途端、思わず目を細めてしまうような力強い照明が足立の目に飛び込んできたからだ。
 足立は先程美緒にさんざんからかわれて、少し涙目になっていたものの、その光景に驚いた。
 とても豪華な内装の部屋の中で、サンタクロースの格好をした沢山の人間が、豪勢な食事を楽しんでいた。
 それは、まるで絵本の中に入って来てしまったような光景だった。ただ一つ違うのは、老若男女様々なサンタクロースがいることだ。そして、足立にはすべての人が日本人に見える。
「これって……すごいな」
 思わず息を飲んで、途方に暮れていた足立の背中から、声がした。
「おぉ、遅いぞ二人とも。まさか途中でイチャイチャしてたんじゃないだろうな」
 サンタクロースの格好をした佐藤だった。
「し、仕事中にそんなことしませんよっ!」
 美緒は顔を赤らめる。
「佐藤さん、これって一体……」
 困惑する足立の問いに、佐藤はゆっくりとうなずく。
「うむ。これはな、日本全国のサンタクロースが集まる、仕事前の顔合わせ親睦会だ。通称『トナ会』というんだよ」
「は、はぁ……」
 ―――なんだかよく分からない。そもそも、ここにいる人達は全国からどうやって来たのだろうか。
 足立は尋る。
「ここにいる皆さんは、こんな所で食事ていたら仕事に間に合わないんじゃないんですか?」
 ジャンボジェットの国内線に乗っても、次の日になってしまう。
「いや、みんな直接ここに来ているんだ」
 そう言って、佐藤は部屋の壁を指差した。
「見てみろ。沢山のドアがあるだろう」
「あっ」 
 部屋に入った時は、眩しい照明とテーブルの上の料理と沢山のサンタで気付かなかったが、よく見てみれば壁に溶け込むような色のドアがいくつも並んでいる。続けて、佐藤は足立のが出てきた入り口を指差す。
「君も、この沢山のドアの一つから出てきたんだ。つまりだな、ここは日本全国と繋がるサンタクロースの秘密基地ってわけだ」
「そ、そんなことって……」
 ありえない。正直、空を飛ぶトナカイよりもありえない。と、足立は思った。
「まぁ、細かいことは秘密だ」
 ザリザリと無精髭を掻きながら、佐藤は笑う。白い付け髭はしていないので、なんだか本物の変態にしか見えない。
「それより、プレゼントの準備はもうできてるからな。君たちが遅いからもうやっておいたぞ」
 そう言って、佐藤は近くのテーブルの上にある3つの箱を指差した。
 ――――こんなおっさんがプレゼントの包装をやっているなんてことを知ったら、子供たちはどんな顔をするんだろう。
 純真無垢な表情が次々とコワモテ般若の顔に変わっていく光景を想像しつつ、足立は虚しさを感じた。
 と、いきなり見知らぬ男が目の前に現れた。
「あ、佐藤理事長! お久しぶりです」
 立ち尽くしていた足立の前をそそくさと通り過ぎて、笑いながら佐藤と握手をしている。知り合いだろうか、と思っているうちに、二人はニコニコと気味の悪い表情を浮かべて話をしながら歩いていってしまった。なんだか嫌な想像をしてしまった自分を、足立は呪った。
 と、そこで彼は美緒がいないことに気づいた。
「あれ、あいつどこにいったんだろう」
 足立は周りをぐるりと見回す。サンタ達は皆、楽しく話をしながら食事をしている――――

「がつむしゃもりもりばくむしゅがりがりがちゅがちゅぐしゃ」

「…………」

 足立は、そんなだんらんの中で、一際目立つ食べ方をしている女の子を発見した。
 その目には、野獣の魂が宿っているように見える。

「美緒………」

 足立は近くの皿に盛られていたポテトフライを二三本つかんで口の中り放り込んだ。
 塩の味しかしなかった。


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