- サンタは朝からやるらしい -
 山のようにあった封筒も、外がすっかり暗くなる頃には残すところあと一枚となった。
 といっても、窓が無いので中にいる三人には分からないのだが。
「ふぅ……これでおしまい、っと。よし、二人共、今日はもう帰っていいよ。明日は朝から仕事があるから」
「……えっ、クリスマスプレゼントは夜に配るものじゃないんですか?」
 疲れきっていたものの、足立は思わず尋ねた。
 佐藤が口を開く前に、隣で同じく疲れ果てていた美緒が答える。
「ほとんどのプレゼントは、昼間のうちに配ってしまうのよ」
「もちろん、普通の宅配会社に偽装してな」
 佐藤がニヤリと笑いながら付け加える。
「夜に配るのは、エクストラ料金を払った特別プランの場合のみ。今回は、全部で3件ね」
 美緒は手元にある資料に目を通している。
「例年より少なめかな……」
 ――――なんだか、日本のサンタは現実過ぎる。いまさらだけど。
 足立はそう思った。
「やっぱり……不景気だからかな?」
 エクストラ料金の価格は知らないが、お金が余計に掛かることには変わりはない。きっと、家計が苦しい家庭が増加したのだろう。足立はそう考えた。
「そうだな。これは記録的に少ないぞ。ピーク時は三桁行ったんだけどなぁ」
 昔を懐かしむような顔で、佐藤はしみじみと言う。その顔は、今まで見せたなかで一番おっさん臭い顔であった。本人は気づいていないようだが。
「ま、仕事が楽になっても給料は変わらないしな。安心してくれよ」
 がはは、と相変わらずの無愛想な笑いを発して、佐藤は椅子から立ち上がった。
「さ、お開きお開き。明日は早いんだから。あ、明日は7時にはここに来てね」
 佐藤は足立と美緒の背中を押して、小屋から追い出すと、そう言い残してドアを閉めた。
「………じゃ、行こうか」
「うん」
 二人は、河原を歩き始めた。静寂な夜の中に、砂利の音だけが響いた。

 ○

「そういえばさ、美緒は今日はどうするの?」
 しばしの無言の後、足立は美緒に訊いた。当たり前だが――――美緒の家はもうこの街には無い。
「いつもはビジネスホテルに泊まってるんだけど……」
 そう言いながら、美緒は足立の顔をチラチラと見る。
「ゆうくんが、いいなら………」
「えっ?」
 もしかして、これは、これは――――?
 足立の脳内で、いくつかピンク色の妄想が首をもたげる。彼は期待を込めて、美緒に言いかける。
「それって、一緒に――――」
「あ、ふしだらな行為は全部禁止だよ。もしやったら、ゆうくんぐちゃぐちゃになっちゃうよ」

 唖然。

「ぐ、ぐちゃぐちゃ………って」
 さきほどの感動的な再開は何だったのだろうか。これでは純愛も偏愛もへったくれもないではないか。と、意味が分からないことを足立は考えた。
「安心して、そんなゆうくんも好きだから」
「え、Sだ……」
「へ? 何か言った?」
 ギロリ、と一瞬美緒の眼光が獲物に狙いを定める雌豹のようにきらめいたのを、足立は見逃さなかった。それは彼に平身低頭で行くべくだと確信させるのには十分だった。
「いや、なんでもありません」
「あ、私の荷物、駅前のコインロッカーに入れてあるんだ」
 美緒は、結局美緒か――――三年前を思い出して、足立は確信した。
 帰宅後、二人はその晩、部屋の両端に布団を敷いて寝たのであった。もちろん、ふしだらな行為は一切行われなかった。

 ○

 次の日。クリスマスイブの朝七時に、二人は河原の小屋の前にいた。
「まずは、これを着てね」
 小屋の奥から出てきた佐藤の両脇には、とある宅配会社の仕事着が抱えられていた。
「それから……あ、バイクは美緒ちゃん、分かるよね。去年使ったし」
「え、はい」
 美緒は上着を脱いで、仕事着に着替えながら答える。
「えっ、バイクの免許取ってたのか? 美緒」
 同じく仕事着に着替えている足立が尋ねる。
「うん、16歳になってからすぐね。ま、仕事に必要だし」
 いかにも普通であることのように、さらっと美緒は言った。だが、足立は免許を持っていない――――少し悲しかった。
 再び小屋の中に入り、出てきた佐藤は、大きな袋を持っていた。
「はい、これが今年の分。……やっぱり、例年に比べて少ないな。ほい、足立くん」
「は、はい」
 足立はパンパンの袋を佐藤から手渡された。
「じゃ、夜の7時までには全部配り終えてくれよ。くれぐれも、気付かれないようにな」
「はい」
「終わったら、ここに戻ってきてくれ。健闘を祈る」
 言ってから、佐藤は小屋に入っていった。
「じゃ、いこっか」
 美緒は小屋の後ろへ歩いていく。足立は袋を肩に背負い、着いて行く。
「おっ、あったあった」
 小屋の後ろには、バイクがあった。これもまた、とある宅配会社の物と思われるバイクである。
 美緒はバイクの後ろにつている、四角いボックスの扉をあけて言う。
「ゆうくん、荷物はこのなかに押し込んじゃって」
「あ、あぁ」
 押しこむなんて――――手荒に扱っていいのか疑問に思ったが、この仕事では美緒が先輩である。足立は素直に従った。
 押し込んで、扉を閉めると、美緒がバイクにまたがりながら、声をかけてきた。
「ゆうくんは私の後ろに乗って」
「……いいのか?」
 後ろにのるということは、美緒にしがみつくということである。今更な感じがしたが、足立は罪悪感を感じた。
「いいのいいの。てか、しっかりと抱きしめてね。じゃないと落ちて血まみれになるよ」
 ニッコリと微笑みながら言う美緒の顔を見て、そんな気持ちは木っ端微塵に霧散した。考えすぎだったのである。
 美緒に続いてバイクにまたがり、足立がしがみつくと、美緒は声を張り上げた。
「プレゼント、届けまーっす!!」
 いきなりのフルアクセル。砂利が足立の目線まで吹き飛ぶ。そして間髪入れずにハイスピードで丘を駆け上がる。
「うがっ!ちょ、み、みおぉっっっ!!」
「舌噛まないように、気を付けなっ!!」
 二人を乗せたバイクは、猛スピードで街の中へと繰り出し始めた。
 

前へ  戻る  次へ