- サンタは彼女もやるらしい -
 封筒を手にして、佐藤が椅子から立ち上がる。
「さて、私はこれからこの封筒をポストに出してくる。君は留守番をしていてくれ」
 そう言って、そそくさと出て行ってしまった。ぽつんと残された足立は、少し悩む。肝心の仕事内容を聞いていない。もしかして、留守番が仕事なのだろうか。
 目の前のサンタ五箇条とにらめっこしながらしばらく考えていると、突然ドアが開いた。そして、女性の声がした。
「依頼書をお届けに参りました〜」
 なるほど、佐藤が言っていたのはこのことだったのか。足立は座っていた小箱から立ち上がり、ドアに向かって歩いていく。
 そして、ドアの前に立ったのだが――――

「………?」

 しばしの、無言。

「…………ん?」

 足立は、目を3回ほど擦った。目の前に対峙している彼女は、4回擦った。

「………あれれ?」
 彼女は首を傾げる。
「………おかしいな。幻覚か」
 足立は頭を叩く。

 もう一度、無言。

 ――――再び口を開いたのは、彼女だった。
「………ゆう?」
 彼女――――和田美緒は、足立の下の名前を呼んだ。
「………み、みお?」
 足立――――足立祐介は、3年間発せられることの無かった言葉を今、発した。
 どさりと美緒の抱えていた袋が落ちる。中からいくつかの封筒が飛び出すが、二人は気にもとめない。
「美緒………本当に美緒だよな………?」
 足立は思わず美緒の背中に手を回し、そっと引き寄せる。彼女がそこにいるのを確かめるように。
「ゆう、ゆうなんだね……」
 美緒もまた、足立の背中に手を回した。
 今まさに、とある粗末な小屋の前で、ラブストーリーは突然に始まったのだった。
 そんなお熱い光景を、冷めた目で見つめる中年男性が一人。
「おぉ、おぉ。こりゃぁ、お熱くなっちゃって」
 10メートルほど離れたところで、佐藤はザリザリと無精髭を掻いた。まったく、最近の若いものは――――毎年、プレゼントを配る時に夜の街へ繰り出してよく目にする光景ではあるが、やはり慣れないもんだ。と、彼はピシリと頬を叩いて、とほほとつぶやきながら、小屋に向かって歩き始めた。
「お二人さん。まだまだ夜には早いですぞ。それにイブは明日だ。いくらなんでも早すぎやしないかい」
 がははと笑いながら近づいてきた佐藤を見るなり二人は驚き、慌てて地面に散らばった封筒を拾い集め始める。
「す、すいません佐藤さん。私としたことが……」
 顔を真っ赤に赤らめて、美緒はぼそぼそと言う。とにもかくにも恥ずかしいらしい。
「いやいや、仕事の熱心な彼女には、仕事熱心な彼氏が似合う。期待してるよ、足立君」
 ポンと肩を叩いて、じゃ、先入ってるからと佐藤は小屋の中に消えた。足立はそこで、ようやく体の硬直が解けた気がした。
「うぅ………」
「だ、大丈夫? ゆう」
 心配そうにのぞき込んでくる美緒だが、あまりにも顔が赤いので、足立は逆に心配になってくる。
「お前の方が……大丈夫かよ。てか、どうしてここに……」
「これが、この依頼書を届けるのが、私の仕事なの」
 最後の一枚の封筒を拾い上げて、美緒は言う。
「私、3年前のクリスマスから、このバイト始めんだ」
「えっ、それって…………」
 足立は言葉に詰まる。美緒は三年前に、この街から遠く離れた地方へと引っ越したはずである。それなのに、毎年ここに来ているということは――――――彼の心に、三年間の寂しさがこみ上げる。
「ごめんなさい。仕事してる時は、人との接触は極力避けなければいけないの」
 そう言って、美緒は頭を下げた。足立は先程のサンタ五箇条を思い出す。確かに、秘密裏に行われるべき仕事ではある。
「でも、毎年窓からゆうの寝顔を見守ってたんだよ」
 ニッコリと微笑む美緒に、足立は何も言えなかった。結局、自分は――――
「僕は………」
 言葉に詰まった足立の手を、美緒が引く。
「積もる話は小屋の中でしようよ。ここじゃ寒いでしょ」
 三年前となんら変わらない無邪気な笑みは、彼の3年間の寂しさを、いつの間にやら消し去っていたのだった。

 ○

「へぇ、あの二人がねぇ……」
 二人は並んで封筒の中身を仕分けする作業をしながら、積もる話の花を咲かせた。足立にこのアルバイトを教えてくれた友人の恋話から始まり、美緒の転校後の学校の様子、その後のお互いの生活など、満開の花びらはいくら散っても減らなかった。
 佐藤は机に座って、二人の仕分けた書類を無言で次々と確認し、用意された表に書き込んでいく。その作業は恐ろしいほど早い。
 しばらくして、突然佐藤が口を開いた。
「なぁ、美緒ちゃん。今年は君にこの地区の配達を任せようと思うんだ」
「えっ」
 美緒は手を止めて、佐藤の顔を見る。
「それって、まさか………」
「うん。そろそろ本部を移動させなきゃならんからな。俺はそっちの準備をせにゃならん」
 佐藤は作業事態は止めずに、淡々と続ける。
「この街に来てから、もう5年が経つ。そろそろ移動しないと、本局からお咎めがきちまうからな」
「本局って、サンタクロース協会の本局、ですか」
 話の筋がようやく見えてきた足立が、尋ねる。
「そうだ。サンタクロースの秘密が漏れないようにするための措置だな」
「それにしては、鍵が開いてたりとか無用心ですね」
 うぐっ、と佐藤は言いよどみ、作業の手を止める。
「それは……たまたまだ。まぁ、そういう訳で、今年は君たち二人に頼もうと思う。美緒ちゃんになら任せて安心だからな」
 そう言って、がははと笑って、彼は再び作業を始めた。それ以降、佐藤が口を開くことは無かった。
 

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