- サンタは事情があるらしい -
 小屋に入ると、佐藤は電気を付けた。
「いやいや。アルバイトとは嬉しいな。仕事柄、普通に応募することが出来ないもんでね。君がそうだったように、口コミに頼るしかないんだよ」
 古めかしい椅子に座りながら、彼は言った。
「ほら、座ってくれ。お茶は出せんがな」
 がはは、と佐藤が笑うのを横目に、足立は小さな箱の上に座った。
 ―――改めて見回してみると、酷い空間だ。ここは年越し派遣村の成れの果てだろうか、と足立は思ってしまう。ホコリが被った机に、クモの巣がかかった電灯。今にも壊れそうな、粗末な棚。これが本当に、日本サンタクロース協会の本部なのだろうか。
 思わず心細くなり、足立は言う。
「あの……もう一度聞きますが、佐藤さんは本当にサンタクロースなんですか?」
「あぁ。もちろんだ。これから依頼書が届く」
 佐藤は古びた机の上で、何やら書き物をしながら答える。
「依頼書? 何ですか依頼書って」
 クリスマスプレゼントについての書類だろうか、と足立は思った。それとも、良い子のリストでも送られてくるのだろうか。
「親からの依頼書だ。クリスマスプレゼント配達サービスのな」
 顔を下げたまま、佐藤は言う。
「えっ、どういうことですか」
 なんだかよく分からない。それに『サービス』という言葉が妙に引っかかる。
「つまりな………こちらの用意した銀行口座に振込完了したという証明書と、届けて欲しいプレゼントが書かれた紙が同封された封筒が届く」
 足立はしばらく黙って考えていた。
 銀行口座、証明書だって?――――彼は、自分の今まで思い描いてきたサンタ―クロース像が崩れていくような気がしてくる。
「プレゼントって、良い子みんなに配るものじゃないんですか?」
 足立が困惑しつつ言うと、佐藤は顔を上げてしかめた。
「ふむ、君は勘違いしてるな。そんなことをしているのはデンマークとかノルウェーとか北欧の国だけだ。日本ではそんなことはしてないんだよ」
「えっ、どうして―――」
 足立の声を遮って、佐藤が答える。
「あちらの国は、税率が日本の5倍だ。その分、クリスマスでのサービスが充実しているわけだ。日本でそれをやったなら、我々はあっという間に財政破綻してしまうだろう」
 だから、しょうがないことなんだ、と彼は続ける。
「これは世界サンタクロース協会での取り決めで決まっていることだ。ま、現実はこんなもんさ」
 そこまで言って、再び書き物を始める。
 あまりにもリベラルに現実を語られ、足立は困ってしまう。確かに自分はサンタクロースなぞ信じていなかった。
 ――――でも、なんだろう。この心にポッカリと穴が開いた感覚は。
「それは、何を書いてるんですか?」
 さっきから気になっていたので、聞いてみる。
「政府への手紙だ。今年も滞りなくクリスマスプレゼント配達サービスを行いますという通告だ」
 確かに宛先は、永田町の首相官邸になっている。
「もしかして、政府からお金が出ているんですか」
「もちろんだ。クリスマスプレゼントの費用は各保護者が負担するが、それ以外は国の特別会計から出てる。何しろ、交通費が馬鹿にならん」
 それって、いいのだろうか。足立はなんだか、日本の暗部を見た気がした。
「一応、公企業・第一セクターの位置づけになってる。あ、言い忘れていたが、配当については安心してくれ。君の年齢の二倍だ」
「えっ、ということは………」
 足立はぶつぶつ言いながら、自分の年齢である18を二倍した。36である。
「さんじゅうろくまん……? えぇええ!? そんなに貰えるんですか?」
「あぁ」
 足立は天にも登る心地になった。なんということだろう。2日ほど働いただけで36万だなんて、素晴らしい。 
 そんな様子を見てとったのか、佐藤がジロリと足立の顔を睨みつける。
「ただし――――守秘義務がある。それが守れなければ東京湾に沈められると思え」
「えぇっ!?」
 足立が驚くと、佐藤はとたんににへらと表情を崩す。
「冗談だ。だが、守秘義務は本当だ。ちゃんと契約書にサインしてもらうからな」
 古びた机の引き出しをガタガタと引いて、佐藤はB5サイズの紙を取り出した。
 その紙を足立の目の前に突き出しながら、言う。
「とりあえず、一番上の五箇条だけ読んでおいてくれ。あとはどうでもいいから」
 紙を受け取り、足立は五箇条を読んでみた。


   [サンタクロース五箇条]
 
 [1] 子供の夢を、守ること
 [2] 子供に絶対、気づかれないこと
 [3] 非合法行為を、しないこと
 [4] プレゼントを、確実に届けること
 [5] サンタクロースに、なりきること
 

「…………これ、本当に決まってるんですか」
「当たり前だ。この五箇条の決まりを破ったサンタは、サンタ会議にかけられる」
 書き物を終えて、封筒に入れながら佐藤は低い声ですごんだ。
「それ、冗談ですよね」
「あぁ、冗談だ」
 どうやら、佐藤は冗談が大好きなようだった。
 足立は五箇条を改めて見直して、思った。
 
 ―――――佐藤さん、あなた、サンタクロース失格だ。嘘つきサンタは、子供の夢を守れない。
 
 虚しくなってきたので、足立は考えるのをやめた。現実とは、いつでも酷なものである。
 

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