- サンタのバイトがあるらしい -
―――サンタクロースのアルバイトがあるらしい。 数日前のことだった。足立は友人から、そんな話を聞いた。 ○ 「俺の友達がな、去年やったって言うんだよ」 なんでも、この街には世界サンタクロース協会の日本支部―――つまるところ、日本サンタクロース協会の本部があるそうだ。 「この川を少し下った先にちょっと広めの河原があったろ。そこにあるんだとさ」 当の川の横を二人で並んで歩きながら、友人は前方を指差した。 その手には、ピンク色のハートの刺繍が入った手袋がつけられている。 言うまでもない、彼には彼女がいるのだ。 「へぇ、初めて聞いたなそんな話は。俺の記憶だと、あの河原には何も無かったはずだけど」 足立は幼少期の記憶を回想した。 ――――そういえば、あそこで幼なじみの美緒と二人でよく遊んだものだった。 足立はしみじみと、枝だけになりつつある木を見送った。 美緒が引っ越したのは3年前である。 もう忘れたと思ったのに、と彼は心の奥でため息を一つつく。 「少し前に移転してきたらしいぜ。まぁ、俺も詳しいことは分からないが、給料だけはいいらしい」 「それなら、お前がやればいいじゃないか」 足立が言うと、友人は待ってましたとばかりにポンポン、とピンクの手袋を叩く。 「俺には、さ。コレがいるから」 そう言ってから、ニンマリと笑う。 そして足立の肩をポンポンと叩く。 「給料だけじゃない。プライスレスな何かも手に入るって、よ。アイツ言ってたぜ。なぁ、やってみろよ」 ここで友人の話を飲み込むのは、どう考えても敗北宣言にしかならいだろうと足立は思った。 のだが――――悪いことに、彼の頭の中に四年前のクリスマスの記憶が蘇った。 『私、まだ信じてるんだ。サンタクロース』 その言葉と共に、足立の渡したクリスマスプレゼントを抱えて喜んでいた美緒の顔が浮かんだ。まさか、まさか次の年に引越してしまうなんて、足立には予想も出来なかったのである。だから、彼はなんともなしにこうこう答えたのだった。 『いる訳ないだろ。まだまだ子供だな、美緒は』 二人して笑い合った、あのクリスマス。 もう、永遠に戻ってこないあのクリスマス。 ―――あの言葉を後悔していた。 だから、足立は友人の提案を受けることにした。 「わかった、やってみるよ」 心なしか、彼の声は濁っていた。 「おぉ、そうか! 是非とも後日、体験談を聞かせてくれよっ」 ピンク色の手袋で握手をしながら、友人は嬉しそうに言った。 そして、振りほどいた手を軽く振る。 「こいつと約束してるんだ。じゃ、またな」 そう言いながら駆けて行く。 足立は無言で彼の背中を見送った。 ○ 12月23日。 非公式ではあるが、イブイブの日と名づけられているそうだ。 そのイブイブの日に、足立は河原にやって来た。 最近はめったに足を運ばなかったので、彼はどことなく懐かしさを感じた。 「あ、あった」 河原へ続く、すこし急な坂を下ったところに広場がある。 その端の方に、確かに建物が立っていた。 プレハブ小屋のような、小さな建物である。 足立は近づきながら、おかしなことに気付く。 ――――おかしいな。 窓も無ければ表札もないぞ。 本当にここが日本サンタクロース協会の本部なのか? その奇妙な建物のドアの前まで来てから、彼は深呼吸をしてみた。 白い息が口から漏れる。 「突然すみません、ここでサンタクロースのアルバイトがあると聞いてやってきました。足立と言います………んっ、ごほん」 小さな声で予行練習を試みたが、なんだか馬鹿らしくなって止めてしまった。 足立は誰かに見られてはいないだろうかと周りを見回したが、誰もいなかった。 冷たい、無表情な風が吹いているだけだった。 足立はドアを二回ノックした。だが、返事はない。 しょうがないのでドアノブに手をかけて回したら、簡単に開いてしまった。 驚きつつも、彼はドアの奥へ呼びかける。 「すいませーん」 中は真っ暗で何も見えず、声はそこに吸い込まれたきりで、返事は返ってこない。足立はもう一度声を張り上げた。 「すいませーん!! 誰かいませんか!?」 だが、返事は返ってこない。 足立はもう一度叫ぼうと息を吸い込んだが、馬鹿らしくなってやめた。 ―――何をしてるんだ、僕は。 こんなことなら家に帰ってコタツに入りながらテレビでも見ればよかった。 純真な自分を騙した友人を恨みながら、彼は帰るべく、ドアを閉めて振り返った。 「おい、何してるんだ」 「うわぁあああっ!!」 突然目の前に現れたコワモテの男の顔に驚いて、足立は尻餅をつく。 ガシャガシャと砂利が飛び散る。 男は彼を見下ろす。 髪の毛は短く、顎には無精髭が生えている――――何処からどう見ても、ただの中年オヤジだ。 なんだ? ここに住んでるのか?―――足立は混乱状態のまま少しずつ後退るが、すぐにドアにぶつかった。 もうどうしようもない。 彼は思わず笑ってしまう。 「えへ、えへへ……」 「何だ、気味悪いな。用が無いなら帰ってくれ。これから忙しくなるんだ」 男はいかにもイカツイ声でそう言って、足立を軽く睨んだ。 これはまずいと、足立は咄嗟に口を開く。 「あの、バイト、バイトしにやってきました」 すると、男の目から鋭い眼光が消えた。 「バイト……? バイトに来たのか?」 さっきまでとは正反対に、彼は喜びを声に滲ませる。 足立はようやく訪れた開放感と共に立ち上がって言った。 「え、えぇ。友達からサンタクロースのアルバイトがあるって聞いたんで」 「ほぉ、それは嬉しいな。しかもいいタイミングだ。ちょうどこれから仕事が始まるんだ」 男は無精髭をザリザリとこすりながら、ニッコリと笑った。 なんだか危ない表情である。 「えっ、じゃぁあなたがサンタクロースなんですか?」 話の流れから、足立は当たりを付けて目の前の男に尋ねる。 すると、男は笑いながら答えた。 「あぁ、もちろんだ。日本サンタクロース協会、理事長の佐藤だ。どうぞよろしく」 差し出された大きな手を握って、足立は答える。 「足立です。よろしくお願いします」 「うむ。外は寒い。とりあえず中へ入ろう」 二人は小さな小屋の中へ入っていった。 |