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 休日とあって、昨日よりは人の多い百貨店の中をトモコは早歩きで進む。
 つかつかと、周りの人間を寄せ受けないオーラを出しているとしか思えない歩き方で、エレベーターへするりと入り込んで四階のボタンを押す。
 押してから離さない。
 幸い同乗者はいない。
 いや、いなかったからこその自己中な行動なのだろう。
 しばらくぎゅうぎゅうと押し付け、気が済んで離したら四階についていたのでそのまま出て右に曲がって屋上へ。
 トモコを出迎えたのは、昨日より彩度の明るい空と数人の人影。
 カップルもいれば、ホームレスのような老人もいて、遊具で遊ぶ子供とその親もいる。
 その中に昨日の男がいないか、彼女は目を皿にして辺りを見回した。
「…………」
 果たして、男はいた。
 昨日と同じようにベンチに座っていて、新聞を読んでいるようだ。
 トモコはまず自販機に向かって缶コーヒーを二本買うことにした。
 二百円を入れて思い切りボタンを連打。
 すると、何が起きたのか缶コーヒーが三本出てきたではないか。
(これも、タイミングなのかな)
 ラッキーだとは思う。
 けれど、こんなモノとタイミングが合うのなら、ユージと合ってほしい。
 そう心に願いながら、トモコは缶コーヒーを抱えて男の元へ向かった。


 ◯


「あのっ」
「おうふ」
 新聞を読んでいた男は奇妙な声を上げて、目だけをのぞかせた。
「どうしたんだい?」
「これどうぞ」
「おっ、ありがとさん」
 差し出した缶コーヒーをためらいなく受け取る男。
 それを横目に、トモコは単刀直入に切り出す。
「タイミング、合わせてほしいんですけど」
「んぐっ、なんだって?」
「だから、タイミングを合わせてほしいんです」
 コーヒーを開けて飲み始めた男をせかす。
 こっちは呑気に飲んでいる場合ではないのだ。
 トモコは男に詰め寄る。
「彼氏とは会えたんです。でも、海外へ転勤になったらしくて……一年間、もう絶対会えなくなっちゃっいそうなんですよ!? こんなの、おかしいですよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ。それよりさ、このニュース見た? ほら、この新聞の一面」
「ニュースなんてどうでも――――」
「いいからいいから」
 新聞を顔前に突き出され、仕方なく見出しだけは読んでみることにする。
 そこには
『有名野球選手、事故死!! あまりにも早すぎる死に球界騒然!!』
 と、書いてあった。
「これがどうかしたんですか」
「いや、出世街道まっしぐらだったのに残念だなぁ、と」
「はぁ」
 この選手、名前も知っていて、テレビでも何度か見かけたことはある。
 だが、正直どうでもいい。
 今は人の死にいちいち悲しんでいる場合ではない、とトモコは新聞をどける。
「確かに残念です。それで、タイミングを合わせてほしいんですけど」
「いいのかい?」
「は?」
「だから、君のいいようにタイミングを合わせていいのかい?」
 とろんとした寝ぼけまなこだが、男はトモコの瞳をまっすぐ見つめ尋ねた。
「もちろんです」
「そうか。わかった」
 答えてから新聞を横において、男は手を頭上に組んで背伸びを始めた。
「いやぁ、たまには体を動かさなきゃな」
「ありがとうございます。 あと、もう一本あるんで」
 頭を深く下げて、トモコは二本目の缶コーヒーを差し出す。
「お、ありがとね」
 男が受け取ると、トモコはそのまま身を翻して四階へ続く階段へ向かった。

 もう今日は家に帰って寝たい。
 寝て起きたら、ユージの転勤の話も無くなって、もっと沢山会う機会も増えて――――
 
 現実逃避とわかっていても、他人に頼ってばかりではダメだとわかっていても、彼女の足は止まらない。
 止まらなかったのだった。

 

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