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その日の夜、トモコは携帯電話を手にしてベッドの上で喜び跳ねた。 「やった! やったーっ!」 ユージと予定が合ったのだ。 しかも明日の土曜日すぐに会えるという。 「合わせ屋さん、ありがとう!」 これまで悩み続けてきたタイミングのずれなど、まるで夢のように感じられた。 本当に、本当に嬉しかったのだ。 しかしながら、その嬉しさは翌日絶望へと変わる。 ◯ 大学に程近いショッピングモールで、二人は待ち合わせをした。 トモコはとびきりのおしゃれをして、待ち合わせ時間の30分以上前から目印の時計台のそばで待っている。 (今日一日の予定を考えてたら、全然寝れなかった……) まるで遠足の前日に、楽しみで楽しみで寝ることが出来ない小学生のようで、自分ながら子供らしいなとは思う。 けれど、もうそんなことはどうでもいい。 とにかく、この日に会える幸運への感謝の気持ちでいっぱいなのだ。 周りを歩く人ごみの中に、ユージの顔をさがす。 しかし、中々見つからない。 と、その時頭上の時計台から大きな音が鳴った。 待ち合わせ時間である。 「ユージ……」 やっぱり予定が入ってしまったのだろうか。 愛する人の名前をつぶやきながら、トモコはうつむく。 その下がった頭に、大きな声が降ってきた。 「トモコ! 久しぶり!」 「えっ?」 顔をあげると、そこには待ちに待ちかねたユージがスーツ姿で笑いながら駆けてきていた。 「時間、ピッタリだよな」 銀色に輝く腕時計を確認するユージからは、敏腕ビジネスマンの姿が容易に想像できる。 「うん」 「ゴメンな。全然会えなくて」 「気にすることないよ。こうして会えたんだし。でもユージ、いつもなら土曜日にも仕事入ってるのに……もしかして無理して来てもらった感じ?」 スーツ姿だったことに違和感を覚え、トモコは気遣いがてらに尋ねる。 ユージは笑いながらこたえた。 「そんなことないさ。会社からもらった余暇だからな。それに、今日会っておかないとダメなんだ」 「えっ? やっぱりこれから先もまた、予定で一杯なの?」 もちろん、今日この日会えただけでとても嬉しい。 けれど、やはりこれからもたまには会いたいとトモコは思う。 会えない寂しさに耐えるのはもう嫌だ、そんな弱い心が彼女を締め付ける。 そして、締め付けられたまま、トモコはユージの言葉で息の根を止められた。 「明日から一年間、海外の本部で仕事することになったんだ! いいタイミングだったよ。本当にいいタイミングで俺に席が回ってきたんだ!」 彼の中では相当に嬉しいことだったのだろう。 体全体を使って、歓喜の声を大にして、ユージはトモコに海外転勤を伝えた。 「…………」 しかしながら、その喜びを受け取るトモコの心は、すでに彼女自身を絞め殺していた。 「そっか、頑張ってね」 「えっ? おい、トモコ?」 一言告げて、トモコは時計台から早歩きで離れていく。 残されたユージも後を追うが、人ごみに紛れて彼女の姿はもう消えていた。 (ユージのタイミングは、私にだけ合えばいいのよ……!) 目指すは百貨店の屋上。 トモコの頭の中にはもう、そこに行くための地図しか浮かんでいなかったのである。 |