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 家に帰ったトモコは、まだ真昼間だが部屋のカーテンを全て閉じて布団をかぶった。
 外の音が聞こえても気にしない。
 とにかく寝て、寝て起きたらすべてが無かった事になっていることを願っていた。
 願ってどのくらいたったのだろう。
 携帯電話が鳴り響いた。
 布団の中にもぐったまま開くと、画面にはユージの電話番号が浮かび上がっていた。
 海外転勤が取り止めになったに違いない。
 そう思ったトモコは安堵して一息おいてから通話ボタンを押した。
「もしもし、ユージ?」
「トモコさんですね!?」
 聞こえてきたのはユージの声ではなく、中年ぐらいの女の人の声だった。
 年齢からいって、彼の母親だろうか。
「そうですけど」
「ユージが、ユージが車にはねられてしまって!」
「えっ!?」
「とにかく、〇〇病院に来て下さい!!」
 一方的にまくし立てられて、電話は切れてしまった。
 トモコはそんなことには気付かず、携帯電話を持った手をだらんと下げたまましばらく放心する。
 どうして。
 どうしてユージが事故に。
「……あっ」
 事故、という言葉で彼女はあの男の見せてきた新聞のことを思い出す。
 そして新進気鋭の野球選手とユージの姿がかぶる。
「ユージ!」
 トモコはそこらに散らばった上着を適当に羽織り、家を飛び出した。


 ◯


 すっかり暗くなった街中を駆け抜けて、トモコは病院へとやってきた。
 そのまま中に入ろうとしたところで、突然声をかけられる。
「トモコさん?」
「はいっ!?」
「ユージの母親です」
 頭を下げたユージの母親に、トモコも振り返って頭を下げる。
「と、トモコです。ユージさんは大丈夫なんですか?」
「えぇ、一応……」
「一応、というのは?」
 恐る恐る尋ねるトモコには、もう嫌な予感しかしなかった。
 母親は、しばし黙り込んでから口をゆっくりと開く。
「とりあえず、病室まで案内します。話はそこでしましょう」
「……はい」
 二人は無言のまま、ユージのいる病室へと歩き始める。
 人気のない病院内の静けさが、まるでいつしか行ったことのある神社のようだと、トモコは感じた。
 
 ◯

 
「こちらです」
 母親がドアを開けて、トモコを招き入れる。
 病室に入ったトモコは、ベッドに横になるユージが視界に入るなり駆け寄った。
「ユージ!!」
「……うっ」
 名を叫ぶトモコに返ってきた返答はかすかなうめき声のみ。
「ユージ!?」
 ユージの両手を自らの両手でしっかりと掴み上げるが、その冷たい手に力は感じられない。
 呆然とする彼女の後ろから母親がゆっくりと話しかける。
「トモコさん。ユージは事故の後遺症で半身不随になっているんです」
「そ……そんな」

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 心の中で自分を何度も偽る。
「それでも医者様は奇跡だと言っていました。普通なら死んでいてもおかしくなかったそうで、本当にタイミングがよかった、と……」
「き、奇跡的なタイミング……?」
 タイミング。
 そしてまたタイミング。
 やっぱりあの男がユージを救ったのだろうか。
「えぇ。後遺症の方も、リハビリをすれば大分回復するそうです。だから――――」
 母親のその後の言葉を聞かずに、トモコはユージに泣きつき叫んだ。
「ユージ!! ユージ!! ゴメンね!? これからずっと一緒に頑張ろうね!?」
「……あぁ」
 目をうっすらと開けて、口をかすかに動かしユージは答える。
 トモコはユージに頬をすり寄せ、泣いた。

 いつまでも、いつまでも泣いたのだった。 


 ◯


 結局、タイミングとはたまに合うからタイミングなのであり、常に合わせられるタイミングとは、タイミングではないのだ。

 交通事故に遭ったの、タイミング。
 一命をとりとめたのもまた、タイミング。

「…………がんばりなよ」
 男はぼんやりと百貨店の屋上から病室を見下ろしながら、寝ぼけまなこをこすった。

 終


 

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