- 爆走地帯へようこそ -

 それから一時間後、バレンタインとカカオは車で埼玉県内を爆走していた。
「『何かあったらメールしてくれ』って言ったのはどこのどいつだったかしらね!?」
 助手席から顔を出し、髪をなびかせながら叫ぶバレンタイン。
 山に囲まれた高速道路で車を運転しながら、カカオはそれに答える。
 上手いこと口を開け閉めしないと舌がちぎれそうだ。
「一寸先は山なんて言葉もあるぐらいですからっ!」
「確かにここは山ばっかりだけど、それなら一寸先は闇でしょっ!?」
 年季の入った軽自動車のハンドルにしがみついて、ただひたすらアクセルをふかしつづけるカカオは叫ぶ。
「そりゃあそうですけど! それよりバレンタインさん!」
「何よ!?」
「いくらなんでもこりゃないでしょう!」
 砂利道を走っているわけでもないのに、スピードを上げればこの様である。
 あまりに揺れるので、摩擦お尻の先が少し熱くなっている気さえするのだ。
「しょうがないでしょ! 時間も無かったし、お金も無かったんだし!」
「だからって、こんなボロ車借りなくてもいいんじゃ、ないんですか!?」
 道路に点在するちょっとしたジョイント部分の起伏を乗り越えた衝撃で、カカオは言葉を詰まらせながらなんとか喋り切る。
「とにかく、急いで!」
 空港で興四郎と分かれて電車に乗ろうと駅に向かっていた途中に『助けてくれ』と彼から連絡が入り、慌てて空港に戻るもそこには既に興四郎はいないという始末。
 しかもその短文メール以降、彼とは連絡がついていない。
 二人はそこで途方に暮れる間もなく、近場でレンタカーを借りてすぐさまビター伯爵のいるという工場へ向かっているわけだが。
「でも本当に、ビター伯爵の仕業なんですかね?」
 確証は、なかった。
「それ以外の理由が無いじゃない! だってこのタイミングよ!?」
 けれど、この行動を否定する根拠も無かった。
「どのみち私たちが向かうところだったんだから、遅い早いは関係ないのよ!」
 だから、バレンタインはとにかく急いでいたのである。
 しかもビター伯爵に人質を取られたという前例があるのだから、彼女はもう居ても立ってもいられない。
 過去の事件が彼女の心を締め付ける。
(メグ……)
 
 もう、非情な行為で誰かが悲しい顔をする所を見たくない――――
 
「見えてきました!」
 バレンタインが強く胸の前で手を握ったと同時に、カカオが再び叫んだのだった。


 ◯


 少し離れた高速道路からもよく見えるほどその工場は大きかった。
 よく隣接されているショッピングモールなどとはケタが違う高さ、広さ。
「まるでエアーズロックね」
 バレンタインは過去に絵葉書で見たことのある景色を、眼目の光景と重ね合わせる。
「あそこに、ビター伯爵がいるのね」
「まだわかりませんよ」
 高速道路を降りるべく、ハンドルを回しながらカカオがたしなめる。
「いや、わかるわ」
 だが、バレンタインの声に迷いは無かった。
「私には、分かるわ。あそこにいるスイーツ達が苦しんでいるのが、もうここから分かるの」
「なッ――――!?」
 カカオは思わず、振り返って彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。

 バレンタインが持つ、特別な力。
 
 それを知っている彼だからこその反応だったのである。
 

 

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