- 女って面倒くさいって言う人なんなの -
「やっぱり、女って面倒くせぇ……」 スマートフォンの画面一杯にカカオのどや顔が表示され続けるので、ついに興四郎はそっと電源を切ってそれを鞄に放り込んだ。 結局、あのメールを送ってからバレンタインとまともな連絡が取れなかった。 と、いうかスパムメールを送りつけてくるのでなんと返信すればわからないし、そもそもスパムメールを送られる理由も分からないのである。つまりは面倒くさい。彼はその一言で片付けて眠りに落ちた。 窓の外の空は少しづつ色合いを明るくしはじめていた。 もうすぐ日本に到着なのか――――嫌な予感しかしない。 第六感の訴えを、興四郎はぼんやりと頭の中に響かせていたのだった。 ◯ 「ビックリしたんですよ!」 空港のロビーで顔を合わせるなり、途端にバレンタインが食いついてきた。 「どうして件名の続きを文章に書くんですか!? わかりにくいったらありませんでした、もう……」 正直件名の続きを、というよりは『本文の頭を件名に』と言った方が分かりやすいし的確なのだが、興四郎はそっぽを向いてむすっとしているバレンタインにそんな訂正を進言するつもりは全く無い。 「すまんな。いつもやってる癖が出ちゃってさ」 彼はマドレーヌとのメールでは、いつもこんな感じでやり取りをしている。 だから、件名に『今日は』や『先生、』だけに留まらず『今日の焼き加減は』『あそこの調理の手順』という感じで長いものも多いのだった。 「それより二人とも、この空港の名前面白いですよね。羽田ですよ羽田。つまり田んぼに羽が生えて飛んで行くんですよ。流石不思議の国ニッポンですね」 隣で一人楽しさあふれる感情を自己解凍しているカカオに触れる者は誰もいなかった。 すでに機内で危険な乗客と認定されている可哀想な35歳の少年は、様々な事情により目が真っ赤なのだ。 相手にする方が痛々しい、と二人とも判断した。 そういう訳でバレンタインはカカオを華麗にスルーして興四郎が謝るのを横目で見ながら、ため息混じりに言う。 「とにかく。興四郎さんの方で何か分かったことありました? 報告して頂戴」 少し偉そうな言い方が気にかかったが、興四郎は彼女の綺麗な横顔を拝めたことに免じてそんな感情を破棄しながら答える。つんと尖った唇が妙に大人っぽかったのは気のせいだろう。 「あぁ、親父に少し調べてもらったんだが……中々ヤバイことになりそうだ」 スマートフォンの画面をいじくりながら、興四郎は苦い表情を浮かべる。 「どうも君たちの言うビター伯爵とやらは、ウチと敵対している企業の一つ――――明智製菓と手を組んでいるみたいだぞ」 「……どういうこと? なんの得にもならなさそうですけど」 すべてのスイーツを撲滅せんとするビター伯爵が製菓会社と手を組むなんて、地球が二つに割れたりカカオがロトの勇者になって世界を救うということぐらい有り得ないことなのに……と、バレンタインは困惑する。 「いや、そんなこともないんだ。カカオ99%チョコレートの開発元は明智製菓。この会社の協力無しには偽造チョコを作れっこない」 興四郎はスマートフォンの画面を二人に見せる。 「それに、どうも君たちが探しているカカオ99%チョコレート工場は明智製菓の工場にカモフラージュしている可能性が高い。最近あそこ、新工場を設立したらしいからね」 画面には、明智製菓のホームページが映っている。 そしてトップページにでかでかと載っている画像が、興四郎の言う工場らしい。 写真は工場の全景を写しているが、一緒に写っている近隣の住宅と比べるとこれまた滅茶苦茶にデカイのだ。 「なんだか要塞みたいな工場ですね……」 相手にされなくて悲しみに暮れていたカカオだが、流石にその大きさには驚きだった。 「こんなに大きい工場が毎日フル稼働であのチョコを生産しているのを想像すると……寒気がするわ」 バレンタインは思わず目をそらし、歯軋りをしながら言う。 「さっさとこの工場を破壊しましょう。それしか選択肢は無いわ」 「いやいや、君はテロリストなのかよ! 突然そんなことしたらタダでは済まないぞ!」 興四郎は目を丸くしてバレンタインを見つめる。 だが、その視線にバレンタインは目を細くして答える。 「偽造を行っているのはもうMPS協会が把握しています。こちらの行動には正当性があるんですよ」 「いやいやいやいや。だからって破壊とかバレンタイン君はガンダムかよ。なんだ、ビームサーベルで一刀両断するのか」 語気を荒らげて慌てる興四郎に 「そうですね。もしそれなら手っ取り早くていいんですけど。私はニュータイプでもなんでもないのよ。残念ながら」 素っ気なく答えるバレンタイン。 「いや、そんなこと分かってるから」 じゃ、なくて。と興四郎は体をずっこける手前でバランスを何とか保つ。 「とにかく俺の方でももう少し詳細に調べてみるから。早まった行動だけはしないで欲しい」 「わかったわよ」 しぶしぶ頷くバレンタインと 「僕、マジになった時のバレンタインさんを止める自信がありません……」 青ざめるカカオ。 そんな二人の前で、興四郎はやれやれとため息をつく。 「ま、どの道責任は君たち自信が負う事になるんだけどな。じゃ、俺こっちだから」 彼はそう言って歩きだすが、数秒で止まって振り返る。 「あ、そうそう。工場は埼玉にある。ここからならそんなに時間もかからないだろうし、工場の場所も調べればすぐわかるだろ」 それと、と彼は付け加える。 「何かあったらメールしてくれ。次スパム送ったら拒否るからな」 「……………」 ロビーには、ムスッとした顔のバレンタインと疑問を顔に浮かべるカカオが残された。 |