- 司令室のおじさんが泣きそうです -
 閑話休題
 
「……こほん。取り乱してしまって申し訳ないわ」
「いやいや、いいもの見せてもらいましたよバレンタインさん」
 二人は四階の司令室のドアの前に並んで立っていた。
 呼び出しを受けたのでこうしているわけだが、バレンタインはカカオに先程の一部始終を見られてしまい恥ずかしくて死にそうなのだ。普段はミルクのように白い顔も、今だけは桜色に染まっている。
「メグちゃん可愛いですよね。僕も密かなファンなんです」
「そ、そうなんだ」
 恥ずかしい時、バレンタインは指先をもじもじと絡めるクセがある。
 今は相当恥ずかしいのだろう、絡めるスピードがあまりにも早すぎて指先が見えなくなっているが、それも別に今回限りではない。カカオにとってははぐれメタルに遭遇するような程度の出来事だった。
「実は写真があるんですよね。いりますバレンタインさん?」
 言いながら、携帯を開いてバレンタインに見せるカカオ。
 そこにはデスクに突っ伏して眠りこけているメグが写っていた。
「…………!」
 思わず生唾を飲み込むバレンタイン。
 このショットはあまりにも反則過ぎる。
 だが、それでもここで踏み止まるのが変態と常人の境目である。
 彼女は目の前の変態と同列には死んでもなりたくないのだ。
(うぅ……本当は喉から手が出るほど欲しいんだけど……)
 ぎゅっとまぶたを閉じて、カッと目尻が裂けんばかりに開いてからバレンタインは言い切った。
「その携帯、折っていい? 仕事の邪魔になるんだけど」
「へっ!? って、ああっ!」
 カカオが反応する前に携帯を取り上げるバレンタイン。
 そのまま天高く突き上げて両端を握り、力を込める。
「こ、こんなもの……!」
 だが、カカオの方が上手だった。
「無理しないでくださいよバレンタインさん! 涙出てますよ?」
「え……?」
 カカオはバレンタインの真紅の瞳から流れる一筋の涙を見逃さなかった。
 もちろん、それが彼女の本当の気持であるということはお見通しである。
「…………」
 無言で力なくその場にへたり込むバレンタイン。
「負けだわ……私の負け……」
「とりあえず携帯は返してもらいますよバレンタインさん」
 力の抜けた手から落ちた携帯を拾い、カカオは彼女の肩を元気付けるように叩く。
「ほら、もうすぐ時間です。メグちゃんの件はまた今度――――」
 言い終わる前に、ドアがゆっくりと開いた。


 ◯

 司令室には、会長のタルトがふかふかで柔らかそうな大きめ椅子に座っていた。
 ドアマンはこの部屋にはいない。自動ドアだからだ。
 タルトがテーブルの端のボタンを押しているのが見える。
「すまん、待たせた」
 短くて黒い鼻下のヒゲをいじくりながら、タルトは二人を見比べる。
 だが、動いていた視線がバレンタインに固定された。異変に気付いたらしい。
「……どうかしたのか。バレンタインが涙目のようだが。立ちっぱなしが辛かったか」
「いえいえ、なんでもありませんよ。楽しいひとときでした」
 ニヤニヤしながら素っ気なく返事を返すカカオ。
 隣のバレンタインも、小さく
「なんでもありません」
 と言うので、タルトは視線を彼女から外した。
 そして本題を切り出す。
「サムから場所は聞いただろう。今回は日本に行ってもらう」
 サムとはバレンタインのおじいさんの名前である。
 彼とタルトは面識があるらしいが、戦友なのか仕事仲間なのかバレンタインにはよく分からない。
 ただ、タルトの作るケーキは例外なくおいしいということに関しては彼女は熟知している。
「えぇ、確かに聞いています」
 バレンタインは静かにうなずく。それを見てタルトも深くうなずき返す。
「日本語が必要だが、お前なら大丈夫だろう。まぁ、お前だからこそここに行ってもらうんだがな」
「光栄です……!」
 バレンタインは静かな声の中に喜びをにじませた。嬉しすぎて飛び上がる思いである。
 だがそんな彼女の喜びとは反対に、タルトの次の台詞は悲愴を持って発せられた。
「ビター伯爵を、覚えているか?」
「えっ」
 その突然の知らせに、バレンタインもカカオも凍り付く。
 聞くはずが無いし、聞きたくも無い名前が飛び出すと、こういう状態になるのだろう。
「ビター伯爵が再び現れたらしい。しかも、日本にだ」
 タルトの重々しい言葉が二人に降り注ぐ。
 
 ――――最悪の凶報、まさしくそれがやって来てしまったのだ。
 

 

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