- ロリロリロリロリロリ -
 むくりと起き上がったカカオを見届けて、バレンタインは自動ドアをくぐってMPS協会へ入る。
 その後をカカオが愛想笑いを浮かべて追ってくるのだが、バレンタインがチラリと殺意の眼差しを向ける度に近くの柱に身を隠す。そしてそこから、大声で叫ぶのである。
「スイマセン! 久しぶりに会えたんで、調子にのっちゃいました!」
「謝るなら姿を見せたらどうなの? そしたら許してあげないこともないわ」
 瞬間、つかつかと進むバレンタインの前にスライディングで登場するカカオ。
 なぜかすでに体制は土下座になっている。
 どこの国でも頭を下げることは多大な謝意を示す手段となりうるらしい。
「スイマセンでした」
「……まぁいいわよ。それにしても、突然過ぎない?」
 頭をゴリゴリと大理石の床に押し付けるカカオを見かねたバレンタインは、そっぽを向いてたずねる。
「確かにトレジャーの仕事があるのは聞いていたけれど……もしかして、あなたと組むわけ?」
 バレンタインの記憶では、今回も一人で行動したいという申請は出していたはずだったのだが、それは却下されたらしい。
「もちろんですよ。てかメール見てないんですか? トムソンに送っておいたんですけど」
 言われて、バレンタインは鞄からトムソンを取り出す。
 それから片手の上に乗せて開き、何度かボタンとキーを押してメールブラウザを起動させる。
 ――――数秒後、画面に表示された有様を見て一言。
「トムソンはあなたの事が嫌いらしいわ。すべてはねてるわよ。あなたのメール」
「えぇええ!?」
 慌ててカカオはトムソンを覗き込む。
 彼のメールはすべて迷惑メールボックスに移動されていた。
 バレンタインが迷惑メールに登録したわけでないため理由は不明だが、あまりにも送信頻度が多かったために自動で移動されていたものと思われる。
「というか……なんであなた、一つ一つのメールが全て一行なのよ。これじゃまるでチャットじゃない」
 無理矢理切り分けたのか、所々中途半端な部分で切れているので意味不明になってしまっている。
 これが送信頻度を飛躍的に上げた原因のようだ。
「ちゃんと見てもらいたかったんですよ。それに続きが気になるでしょ?」
「私はどんだけ暇人なの。こんな業務連絡の切れ端の続きなんて気になる方がおかしいわ」
 パタンとトムソンを閉じて、バレンタインは画面を凝視していたカカオをしっしっとはたく。
「変なものなんて入ってないわよ。あなたの携帯電話じゃあるまいし」
「人様の物だから興奮するんですよ。人妻だって」
 皆まで言わせず、バレンタインはカカオの襟首を掴み上げる。
 ちなみにバレンタインの方がカカオより背が高い。
「リアルな事言わないで頂戴。ほら、さっさと行くわよ」
 睨みを聞かせてからカカオを離し、再びエレベーターに向かってつかつかと歩き始める。
「いやぁ……本当に何も変わってなくて僕は夢を見ているみたいですよ」
 その後を、結局何をしても喜びに変換する万能楽天男カカオが追うのだった。
 
 
 ◯
 
 
 ――――MPS協会の本部は、凱旋門の地下、もしくはエッフェル塔の秘密室にある。
 
 などとインターネットで様々な憶測が飛び交っているが、実際は普通に街中のビルにある。
 カモフラージュして見つかりにくいし実用性が高いというのが一番の理由だ。
 第一そんな特殊な場所にあったら行きたくないわよ、とバレンタインは噂が書いてある掲示板を観閲しながらため息をついた。彼女は既に自分のデスクに座ってくつろいでいる。先程の一悶着で中々体力を消耗したらしい。
 
 ここはビルの三階。
 スイーツトレジャーが席を置く階である。
 カカオは2階で降りた。
 彼はスイーツトレジャーではなく、オペレーターである。
 基本的にスイーツトレジャーをサポートするのが役目なのだ。
 エレベーターから降りる時の、振り返った寂しそうなカカオの顔の記憶が嫌悪感を呼び起こし、バレンタインを悩ませる。
(まったく……ブルドックだってあんな歪んだ哀愁を見せないわよ……)
「あっ、バレンタイン!」
 と、突然前方から声がした。
 年齢は確実にバレンタインより低そうな、女の子の声。
 加えて嬉しさのあまりかバタバタと跳ねる音まで聞こえてくるので、元気いっぱいな女の子がそこいるのが音だけで分かってしまう。
「あら、メグ。いたのね」
 デスク前方の仕切りから飛び出した赤いおさげがトレードマーク。彼女の名前はメグである。
「バレンタイン、バレンタイン! アタシのこと覚えててくれた!?」
 ついに飛び上がるのを諦め、メグが回り込んでやって来た。
「もちろんよ、メグ。しっかし大きくなったわね」
 去年見た時よりも一回りも大きくなったメグをバレンタインは抱きかかえてなでてやる。
 大きくなったといっても、まだまだ彼女の胸ぐらいまでしか身長は無いのだが。
 メグは小さくて栗色の目をきらきらと輝かせながら、バレンタインの腕の中ではしゃぎまくる。
「へへへ〜やったやった〜」
 バレンタインはメグのお姉さんとして、協会ではよく面倒を見ている。
 そのため実の姉の様にしたわれているのだった。
「元気にしてた?」
 実の姉妹関係とは、実際あまり仲が良いものではないという現実は置いておくことにする。
 ちなみにネット検索でその実情を知ったバレンタインは心の中でガッツポーズをしたのだった。
「もっちろんだよっ! バレンタインは!?
「私ももちろん元気よ! でも、メグに元気を分けて欲しいなぁ」
 ついさっき35歳の少年に元気を吸い取られたのは秘密である。
 バレンタインは頬をメグのそれに寄せ、すりすりとこすりつける。
 人の温かみを実感できる瞬間は今この時なのだ。
「やぁ、バレンタインくすぐったいよぉ」
「もう少し……もう少しすりすりさせて……」
 これからの長旅を考えた場合、彼女にはこのメグ成分が必須となってくる。
 こうして吸収しておかないと、精神面での挫折を体験することになるからだ。
「ふぅ……ありがとね、メグ」
「アタシ恥ずかしいよぉ……バレンタイン」
 ようやく頬を離して立ち上がったバレンタインを、ぷくっとはにかんでメグが見上げる。
「もぅ……」
 その姿は、残念ながらバレンタインの心に火を付けてしまった。
(か、可愛すぎるわ……!)
 獣が獲物を捕えるように彼女はメグを抱き上げ、さらに頬をこすりつける。
「はうはうはうはう〜」
「ひゃ、バレンタイン〜!?」

 ――――結局、しばらくの間バレンタインはメグから離れられなかったのだった。


 

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