- ポッキー -
その日から俺は、これまで以上に部活に専念した。 6時に起きて、毎朝10キロランニング。 辛かった。だが、俺は愛の力で乗り切った。 夏の大会では、見事青山を打ち破り、堂々の男子一位を奪還した。 あの時のアイツの苦笑いは今でも細部まで思い出すことが出来る。 しかしそれでも、まだまだ早奈には及ばなかった。 それに、いまだに会話すらしていなかった。 だから、その日の出来事は今でも忘れることが出来ない。 ――――始めて早奈と話した日。11月11日。ポッキーの日。 ○ グラウンドの端にあるベンチで休んでいた時のことである。 なんと、早奈がやって来たのだ。 「ねぇ成田。これあげる」 俺は最初、自分の耳を疑った。10回程度疑った。 「成田。聞いてるの?」 嘘だ。有り得ない。この俺の名前が、早奈の口から出てくるなど――――― 「むぐっ!?」 「人の話を聞かない罰。どう?おいしい」 俺の口に6本程のポッキーが一度に差し込まれる。さすがに苦しい。 「むぐっ、むぐぐっぐっ」 俺は「おまっ、なにすんだ」と言いたかったのだが、案の定こうなった。 「あ、美味しいんだ。よかった〜! せっかく作った甲斐があったよ」 後で聞いた話だが、この日早奈は俺に手作りのポッキーを作って来てくれたらしい。 だが、その時の俺はそんなことにも気付かずに――― 「ぷはぁ。……早奈」 「何? ってか、成田は私のことメビウスガールって呼ばないんだね」 もうあの富田でさえ早奈をメビウスガールと呼び始めていた。 だが俺は絶対にそうは呼ぶつもりはなかった。 ――――そう呼んだら、もう本当に追い付けなくなってしまいそうだったから。 「……おいしかったぞ。ポッキー」 「えっホント? うれしいな」 この時俺は、なぜに市販のポッキーでそこまで嬉しがるのかと不審に思ったのだが、それよりも早奈と話せた嬉しさで、そんなことは吹き飛んでしまった。 「ねぇ、成田。競争しようよ」 丁度部活も終わる頃だった。なのに早奈は俺にそう誘った。 「……おう」 俺は期待と不安に包まれながら、早奈に付いて行った。 |