- 転校生 -
 雨の日が多くなってきた六月の中頃、俺のクラスに転校生がやって来た。
 そいつの名前は青山といった。
 こいつもまた、スラッとした長身で、クラスの女子の七割がコイツに一目惚れしたという。
 しかし、こいつは早奈と違い、注がれる視線に込められた思いを砕かなかった。
「えっと……彼女はいません。ははっ。よろしくお願いします」
 クラスが一時、笑っていいとものように湧きたった。
 女子の歓声がこだまする。
 俺は絶望した。
 マズイ、こんな美少年に似合いそうなのは早奈しかいない。
 これはマズイと。
 俺の中の早奈がずっと先に走って行ってしまう。
 待ってくれ。待ってくれ―――――――
「どうした成田。赤い顔して。………まさか、お前、ゲ」
 富山を殴ったらゲふっと言って机に突っ伏してしまった。
 しまった、思わずランニングフォームを取ってしまったようだ。
 
 その日はことさら部活が待ち遠しかった。
 もう今すぐにでも走って己を鍛えたい。
 その気持ちだけが俺を先走らせる。
 しかし、同日俺はさらなる衝撃を受けてしまう。
「ねえ、成田君。陸上部ってどこでやってるのか分かるかい?」
 俺の席の後ろに座っていた青山が、帰りにホームルーム終了直後にそう声を掛けてきたのだ。
「お、お前陸上部なのか」
「うん。成田君は陸上部なんだよね。先生に聞いたよ」
 俺は迷った。
 こいつを陸上部の活動場所に誘導するのはマズイ。
 よし、いっそのことサッカー部の活動場所にでも連れて、早奈と引き離し―――
「陸上部は第二グラウンドでやってるぞ。一緒ににいこうぜ青山!」
 死ね富山。
「あっ、君は確か……富山君だっけ? 君も陸上部なの?」
「おうよ! 一緒に行こうぜ!」
 俺には分かる。
 こいつは青山のおこぼれを頂戴しようとしているのが、手に取るように分かる。
「ほら成田。暗い顔してないで行くぞ。どうした? 調子でも悪いのか?」
「いや……大丈夫だ」
「そうか。あ、そうだ。こいつは成田。俺と同じ陸上部だ。口数少ないけど、かなりいいヤツだからヨロシクな」
「あはは、改めてヨロシク、成田君」
 そこで俺は一つの疑問に気付いた。
「……そういえば、何で俺の名前を担任から聞いたんだ?」
 すると青山はさも楽しそうな表情で答える。
「あっ、それは成田君が陸上部男子の一年生で一番足が速いからだよ」
 ―――これは自慢でも何でもないが、早奈への恋路を走り続けたのが功を奏し、六月の時点で俺は一年生の中で二番手になっていた。
 もちろん、一番速いのは早奈である。
 ちなみに、まだ話したことは無い。
「あ、そうそう。このクラスに足達さんって子いるよね?」
「……あぁ、いるけど」
 まさか、もう目を付け始めたというのか。
「メチャクチャ足早いでしょ? 中学の頃よくインターハイで見かけたんだけど、あれはヤバいよね」
 斜め上の発言に対して俺が驚きの声を上げる前に、富山がすっとんきょうな声を上げた。
「なっ!! まさか青山、お前もインターハイ出場者だっていうのか?」
「もちろん。足達さんとは結構話したりもしたんだよね。可愛いから、彼女」
 俺は地面が崩壊し、それとともに奈落の底に落ちていく心地がした。
 それ以降のその日の記憶は、今でも欠落している。


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