- メビウスガール -
「――――ハァハァ……なんだよアイツ……」
 俺の隣で、同じ中学出身の陸上部員、富山が息を切らして早奈を睨む。
「ありえねぇ……あんな足が速い奴、始めて見た……」
「………俺もだ」
 俺も富山の隣で早奈を睨む。でも、直視できない。恥ずかしい。
「……成田、顔赤いぞ。お前もアイツのこと好きなのか」
 富山の視線を感じて、俺は慌てて弁解を始める。
「……いや、久しぶりに走って疲れただけだ」
 これでも慌てているのだ。まぁ、感情が表に出ない性格も、こういう時には役に立つ。
「そうか。まぁ、お前はああいうタイプは好きにならなそうだもんな」
 富山は満足げに言う。おそらくこいつも早奈が好きなのだろう。
「……どういう根拠でその結論に達したのかは聞かないでおこう。それにしても……あれは全国レベルだな」
「あぁ。間違いない。とんでもない奴と一緒になっちまったな」 
 早奈は俺達の大多数がコートの半分を過ぎようとしていた時に、すでにゴールしていた。
 恐ろしく足が速かったのだ。やはりマラソンが恋人というのは伊達じゃないらしい。
「ま、人間努力すればああいう風になれるって例だよな。俺達も頑張ろうぜ」
「……ぁあ」
 この時俺は心の中で誓った。絶対に早奈に追い付こう。そして、追い付いた暁には告白しようと。
 これが俺の恋路の始まりだった。
 好きになる。恋路を見つける。後はそこに向かって走り続けるだけだったのだが……


 ◯


 ちなみに、この時から早奈は、速すぎるその足の軌跡に例えて『メビウスガール』と呼ばれるようになった。
 いわゆる、漫画の描写で使われる『∞』という感じだ。いかに彼女の足が速かったのかが、容易に想像できるだろう。


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