- 逃走 -
「人体実験………?」
「そうよ。この島では、様々な薬品や医療開発のための人体事件を行っているの―――」 
 その時、ミドリの体を何かが貫いた。
「ッ―――――!」
 同時に銃声が鳴り響く。
 ミドリは右足を押さえながらうずくまる。間もなく、血が流れ始める。
「うふふふふ。見つけましたよ」
 暗闇の向こう側から奇妙な、しかし聞きなれた声がやってくる。
 僕はためらいながら、声のした方へ尋ねる。
「飯田さん………? なんでこんなことをするんです」
 僕達職員のリーダーであるはずの飯田さんが、そこに立っていた。
 右手には拳銃。銃口からは、まだ煙が漂っていた。ミドリを撃ったことは―――明白だった。
「ミドリさん。あなたにこの子の管理を任せていたのは間違いだったようですね。あれほど言いましたのに…………やっぱり血の繋がりって強いもんなんですかねェ……」
 僕の言葉に耳を傾けることもせず、彼女はニヤニヤ笑いながら銃口をミドリに向け直す。
「あなた一人が死んでも変わりは居ますのよ。さよなら」
 ためらいもなく引き金を引く。
 銃声が鳴り響いた。


 ○


 ずざざざざと大きな音を立てて、飯田さんは地面を転がっていく。
 僕は無意識の内に彼女に体当たりしていた。
「痛いッ……!! ふふ、ははははは」
 まだ雨上がりの柔らかい地面に衣服を汚された飯田さんは、口の端をニッと上げて笑いだした。
「はははっはははっははっはっは!! ミドリさん、あなたのことをミドリと呼び始めたのは、そこの男の子という話は聞いていましたが――――まぁ、よく手なずけなさって!! まさかあなた、その子と肉体関係まで結んだのかしら? 汚らわしい!!」
 僕は聞くに堪えかねて、飯田さんの体を蹴り飛ばした。げふぅ、と嫌な音がしたが、どうでもいい。
「いい加減してくれませんか。僕達が何をしたっていうんです。どうしてミドリを撃ったんですか」
「……………ふふ。あなた達は知らなくていい事を知ってしまったんですよ。わざわざ手間をかけて処理をした死体を、さらに自殺に見せかけてあなた達に処理させて……めんどくさいったらありゃしません」
 そう言いながら、近くに転がっていた拳銃に手を伸ばそうとしたので、僕はそれを蹴り飛ばす。
「………チッ」
「僕達はあんたらの犬じゃない」
 そう言って、僕はミドリに視線を向ける。
 うずくまったまま、足から血をだらだらと流す彼女の体は、小刻みに震えていた。
 ――――まずい。
 このまま放っておいたら、ミドリは間違いなく死んでしまう。
 だが、この島にもういることはできないだろう。朝までに僕達は蜂の巣にされてしまうに違いない。
 選択肢は一つしかない―――
「ミドリっ!!」
 落ちた拳銃を拾い、ミドリを背中に背負い、僕は一目散に駆けだした。
 頭の後ろから、か細いミドリの声が聞こえる。
「………今の時間なら、本土へ行く船があるはず…………」
 僕は走った。走った。ただ、走った。


 ○


 僕がいつも、この島へ送られてくる人達を迎える場所―――いつもの小さな波止場。そこには確かに小船が泊まっていた。
 僕はミドリを背中から降ろし、拳銃を構える。
 そしてそのまま小船の中へ入っていく。
 運転席にもし誰かいれば――――これを使うしかない。そう思い、拳銃を握り締める手の力が自然と強くなった。
 だが、船の中には幸い、誰もいなかった。
 おそらく、今晩はこの島で一夜を過ごす予定なのだろう。
「ミドリ、もう少しだ! 本土に行けるぞ!」
 僕はミドリを背負って急いで小船の中に戻り、手近な席に横たえた。
 さっきよりも明らかに顔色が悪くなっている。
 それでも、彼女は言った。
「……ありがと。大好きだよ」
 僕は無言で頷く。何も言えなかった。
 操縦席に行くと、見たこともない計器が沢山ある。だが、ここでもたもたしていては、追手が来てしまう。
 手近にあるスイッチを全て押す。すると、船が唸りをあげた。エンジンがかかったのだ。
 僕は幸運の神様に感謝しつつ、棒のような物を握って動かす。―――船が動き始めた。
「よしっ!!」
 コツをなんとかつかむことができた。どうやら現代の船舶の操縦は、そんなに難しいものではないらしい。
 僕達の乗った船は、順調に島から離れて行く。
 僕は運転席から離れ、ミドリのいる座席へ向かった。
「ミドリ、やったぞ。これで僕達は自由だ―――」
 ミドリは目を閉じている、
「ミドリ、もう少しだぞ。ほら、元気出して」
 僕はミドリの頬を軽く叩いた。だが、それは恐ろしく冷たい。さっきまで背負っていた時のぬくもりは、そこには無かった。
「ミドリ…………?」
 まさか。
「ミドリっ!?」
 そんな。
「おい、ミドリ!! 起きろ………!!」
 ――――――――――ミドリは静かに息を引き取っていた。


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