- 過去 -
 雨はまだ降り続いている。僕達は手を取り合って家から出た。
 あてもなく、ただ島の外側へと歩き続ける。
 先に行くミドリの顔は見えない。だが、僕はそのまま尋ねた。
「ミドリ……なんで僕の過去を知ってる?」
 僕の過去は僕のモノ。そう思い続けて僕は誰にも過去の事は話さなかった―――例えそれがミドリであっても。
 ミドリの手を握る力が少し強くなり、それから歩みが止まる。
 僕を振り返ったミドリの顔は、今まで見たことのない暗い顔をしていた。
 ただ、僕を見つめるその瞳にだけは力強い光が灯っていた。
「私は………」
 彼女は私は……私は……としばらく主語のみを繰り返し続けた。述語を口に出すのをまるでためらうように。 
 だが、ついにこう言った。
「あなたの姉なのよ」
 その言葉だけハッキリと聞こえた。
 しばらくの間、僕は空虚な空間をさまよい続けた。

 理解できなかった。したくもなかった。訳が分からない。意味不明、理解不能、解析不能、把握不可。

「………この島がどうして作られたか知ってる?」
 僕はわらにもすがる思いでミドリの言葉に噛み付いた。
「知る訳ないだろ!!」
 止め度めなく流れ出てくる怒りの感情は怒号を生み出した。僕は何も知らない。それだけの事実が僕を異常にイライラさせる。
「ミドリ!! 何で僕の前で真実を口にしなかった!? 確かに僕達はただのお隣さんかもしれない―――だけど、僕達はこの島である程度一緒に生活してきた親友―――いや、恋人じゃなかったのか!?」
 途中途中で言葉を詰まらせながらも、僕は早口でまくしたてる。ミドリの感情を考慮することもなく。

 僕だって黙ってたじゃないか。自分の過去を。聞かれなかったから黙ってたじゃないか。
 ミドリだってそうだ。聞かれなかったから黙ってたんだ。同じじゃないか。僕にはミドリは責められない。

 だけど、そう考えれば考えるほど、僕の思考は空回りしていく。

「………いつかは話さなくちゃいけないと思ってたの」
 ミドリは僕の思考の混乱を全て見通したような声でそう言った。
 ―――結局、ただ怒ることしかできない僕はまだまだ子供だった。
 普段はミドリの方が子供っぽいのに………だめだ、なんでこんなに憎しみが浮かんでくるんだろう。
「この島はね……ただの医療センターじゃないの」
 それだけ言って、彼女はうつむく。雨にまぎれて分からないが、きっと涙を流しているのだろう。
 肩が小刻みに震える。
「………おかしいとは思わなかった? 私達に……与えられる仕事」
 それでも、ミドリは言葉を止めることはしない。
「人間って恐ろしい生き物よね……普段やっている事を当たり前だと思いこんでしまう。例えそれが不変の規範や道徳を犯していたとしても」
「……どういうことだよ」
 黙り込んでいた僕は、怒りをなんとか押さえつつ、そう言った。
「ここは国の医療センターよ。それは間違ない。だけど、この医療センターは医学の進歩の負の面を請け負ってるの」
 顔を上げたミドリの瞳は、再び光を取り戻していた。
「……人体実験よ」
 静かな夜の闇の中に、ミドリの声だけが響いた。
 ―――気付けば雨はやんでいた。


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