- 告白 -
再び僕が目を覚ました時、そこにはやはりミドリがいた。 「……………ごめんなさい。まさか気を失うなんて思ってなかったから」 何だか申し訳なさそうな顔をしている。 ―――なんだか右頬が痛い。僕は無意識のうちに痛みのする辺りをさすっていた。 「歯型だ……」 僕は恐ろしくなって、倒れた体のまま後ずさり、すぐに壁に頭をぶつけた。 そうだ、ここは四畳半なんだ。小さすぎるんだよ、チクショウ。 「なんで、なんでこんなこと……」 僕は震える声でそう呟く。なんだか目の前のミドリが、人間じゃないように感じた。 見た目はいつものミドリなのに―――なんだろう、この恐怖心。まるで本能だ。 「ちょっと、一人でシリアスモードにならないでよ。さっきから謝ってるじゃない」 ほらほらこの通り、とミドリは何度もかしこまって頭を下げる。 「さっきは何だかヘンな気分だったの。ゴメンね、噛みついちゃって。気にしないでね」 「気にするなと言われたら、もっと気にしたくなるのが人間の心理だろ? いったいぜんたい何で僕に噛みついた!?」 すると、ミドリがぼそぼそと口を動かしているのに僕は気付いた。 僕はその口の形で、言葉を読み取ろうと試みる。 「――――でも―――ちょっとおいしかったんだよね―――」 確かに、そう読みとれた。 「だあああああああ!!」 次の瞬間、僕は立てつけの悪いドアを蹴破って外に出たが、そのまま勢い余ってすっ転んでしまった。 ずざざざざざと大きな音を立てて、僕は地面を転がり続ける。 「あっ! 大丈夫!?」 そんな僕の奇行(まぁミドリに比べたらマシだが)に驚いて、ミドリはドアから顔を出して唖然としている。 「いってぇえええ!! わぁ! くるなくるなぁ!!」 僕は完全に気が動転していて、もう何が何だか分からずやみくもに手足をぶんぶんと振りまわしていた。 ミドリはそんな僕を、安全地帯から憐れみを持って見つめていた。 僕の気が落ち着くまで、実に5分程を要したのだった。 ○ 「もう……ホントにドジなんだね」 僕は再び自宅で横になっていた。 隣には救急箱とミドリ。オキシドールの匂いが鼻をつつく。 「うぅ……食べないで……」 「はいはい、だから食べないって。ちょっとは話を聞いてくれてもいいんじゃない?」 「話――――?なんだよ話って。なら最初から話から始めてくれればよかったのに」 一体どこに、ほっぺたに噛みつく必要性があったというんだ。 「それは―――だから言ってるでしょ。さっきは少しヘンな気分だったの」 「ヘンな気分で片づけないでくれ。ちゃんと説明してくれ」 それじゃまたいつ噛まれるか分からないじゃないか。 「そうねぇ……強いて言うなら―――寂しかったのかな? なんだかとっても寂しかったの」 ミドリはパタンと救急箱を閉じて、僕に向き直った。 「さっきの話の続き。人間の恋愛感情は、突き詰めると食人族になってしまうのです」 「しまうのです、じゃないよ。それを何で今この僕の部屋で話す必要があるんだ」 まったく―――これを読んでる人だって、困ってるだろ。 「えっとねぇ……これは一種の告白なのです」 ミドリは赤ぶち眼鏡を指でずり上げてから言った。 「告白……なんだそれ。ミドリは僕のことが好きなのか?」 「うん」 即答だった。 「えへへ。もし私が謎の生物なら、とっくにあなたを取り込んで幸せになってるかもね。でも出来ることなら、取り込まれたいな」 頼むからそんな台詞を頬を赤らめながら言わないでくれ…… 「さりげなくドMな発言するなよ。てか、もう少し普通に告白出来ないのかよ?」 そう僕が言ったとたんに、ミドリの目が輝き始める。 「えっ? てことはまさか、まさかまさか、オッケーってことなのかな? そうなのかな?」 ミドリは再び顔を僕の目の前に突き出して、そう言った。 これ断ったら、絶対食べられる…… 「うぅっ………うん、そうそう。そういうこと」 「え、ホントに? マジで? やったぁ!! やったぁ!!」 ミドリはぴょんぴょんとその場で飛び跳ね始めた。 僕は目を閉じた。この出来事が夢であるように切に願って。 だが、これは夢でもうつつでもない。現実だった。 ――――あぁ、いい気分だ。 |