- カニバリズム -
「ねぇ、この曲なんていうの?」 僕の家の四畳半の内、一畳と四分の一はミドリに占領されていた。なんという領海侵犯、いや、領畳(りょうじょう)侵犯だろうか。全然面白くないぞ、これ。 「愛するデュークっていう曲。聞いたことあるだろ?」 ぜんぜ〜ん。と、とぼけながらミドリは綺麗な白色の素足を組み替えた。 まるで昼ドラを見ている専業主婦のようだ。 「はぁ……」 僕は大きく一つ、ため息をつく。 ―――ミドリは結局僕の家に居候していた。帰るつもりはさらさらないらしい。 ちなみに、遊ぶという話はいまやどこく吹く風。どうやら僕の家に上がるための口実だったらしい。 まぁ、いつものことなので、もう気にもしないのだけど。 僕はついに観念して、畳の上に横になった。もうどうでもいいや――― ○ ―――どうやら僕はそのまま寝てしまったようだ。 「……………ん」 気付くと目の前にミドリの顔があった。 距離は5センチもない。大きな瞳が僕の事をじっと見つめている。 そのまま数分が過ぎる。僕は恐ろしく冷静な気持ちでミドリの瞳を見つめ返していた。 さらに数分が過ぎる。やばい、ドライアイになりそうだ。 僕はたまらず瞬きをした。 すると、それを待っていたかのように、ミドリが口を開いた。 「ねぇ……カニバリズムって知ってる?」 相変わらず顔は目の前にある。 「……カニバリズム? えっと、確か人食いの話だっけ?」 何の脈略もない―――もしかしてミドリはさっきの死体を見てカニバリズムに目覚めたというのか。 ……やばい、もしかして食べられる? 僕はなんだか焦り始めた。 そんなことはないと思っていても、この距離だと焦ってしまう。 いつほっぺたにガブリ、と噛みつかれてもおかしくない。 「そうだよ、人食いの話」 ミドリはぽつり、と言った。 「人の感情で、『好き』ってあるよね。その『好き』って感情を極限まで突きつめると、何があるのか知ってる?」 ミドリが言葉を発するたびに、僕の顔に生温かい息がかかる。心なしかそれが心地良い。 「…………」 僕はその質問に答えられない。なぜなら、人を心底好きになったことがないから。 だが、そんな僕の情けない人生など知る由もなく、ミドリは続ける。 「あのね、好きっていうのは、ようするに――――その相手と一つになりたい事らしいんだ」 「一つに―――?」 僕はなんだかいけないことを想像し始めてしまう。これでも思春期後半の男だ。するなと言うのが無理な話である。 「うん。でさ、そう言うと、君はまず始めにセックスのことを思い浮かべると思うんだけど」 「お、おい。今なんて」 僕はミドリの台詞を数回脳内で反芻する。―――言ったよな? 今セックスって言ったよな? 「だからセックスだって。だけど、それはあくまで途中過程なの」 すると今度は、あろうことに僕のほっぺたに口付けしてくる。 しかもこの堅い感触は――――は、歯が当たってる!? 「その先にあるのは―――相手と完全に一つになるには、どうしたらいいと思う?」 僕にほっぺたに口を付けながら、ミドリは器用に喋る。 「え、えっと……」 大きな瞳が、答えないと食べちゃうぞと言ってる気がして、僕は慌てて言った。 「食べる―――こと?」 「正解」 その瞬間、ミドリは僕のほっぺたにガブリと噛みついた。 僕は短い悲鳴を上げて、気を失った。 |