- 滝 -
「ねぇ……あれじゃない?」
 滝が流れ落ちる絶え間ない音が少しずつ大きくなってきた所で、ミドリが立ち止まる。
 海岸沿いに歩いてきた僕達は、滝壺から少し離れた所に、人のようなものが浮いているのを見つけた。
「そうみたいだね。どうやら今日は家でゆっくり寝れそうだ」
 ひどい時だと、死体が浮かずに沈んでしまっていたり、すでに沖に流されていたり、そもそも自殺が誤報という時さえある。
 だから、今日は運がよかった。
 僕達は滝の周りの湿った空気を深く吸いながら、その死体のそばまで近づいていく。
「ありゃ……これはまた、みすぼらしいことになってるね」
 昨日のスコールせいで発見が遅れたのだろう。死体はすでに腐り始めていた。
 ミドリはスニーカーの足先で、ちょいちょいと死体をつついてみる。
 当たり前だが、死体は動かない。
「どうする? 昨日の雨のおかげで、地面もやわくなってるし―――今日は埋めてあげない?」
 彼女は死体に目を向けたまま言った。
 その死体は―――そばまできて気付いたが、どうやらまだ子供のものらしかった。
「あぁ……そうだね。また今度ここに来ることもあるだろうし」
 ミドリは背負っていたナップザックから、小さな鉄製スコップを二つ取り出し、その一つを僕に差し出す。
「ほい」
「ん、ありがと」
 僕とミドリは、死体のすぐそばの柔らかそうな黒土の辺りを無言で掘り続ける。
 小さなスコップなので、少し時間が掛かりそうだ。
 まぁ、幸いなのは子供の死体で、小さかったというところだろうか。
 一通り穴を掘ると、僕達はポケットから黒い手袋を取り出した。
 腕の辺りまである―――まるで手術をする時に使いそうな手袋をはめて、僕達は死体を穴の中に入れる。
 そして、土をかぶせ始める。
「………今日は私達、運がいいみたい」
 ミドリがぼそりと呟いた。
「…………」
 僕は何も答えない。
 運がいい。というのは、死体がうつ伏せだったからだろう。顔を見なくて済むからだ。
「ちょっと待ってて。お墓もってくるから」
 一通り埋め終わると、ミドリは森の中へ消えていった。
 しばらくすると、両手に小さな花を、根っこの付いた土ごと抱えていた。
「これ、お墓代わりね」
 そう言ってニッコリと微笑む。
 僕はなんだか安らかな気持ちになる。
 花を植えて、しっかりを地面を踏み固めると、僕達は両手を合わせた。
「安らかに眠ってね……」
 ミドリはそう言うが、僕は何も言わない。黙祷だ。
 ―――何か言ったら、それで僕の心が壊れそうだった。
「よしっ、これで今日の仕事は終わり」
 手を合わせたまま、ミドリは閉じた右目を少し開いてウィンクした。
「今日は何して遊ぶ?」
「………何でもいいよ」
「あらそう。なら、とりあえず家にお邪魔したいわ」
「………ご勝手に」
 僕達は早歩きで滝から立ち去った。
 

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