- ミドリ -
僕は狭い4畳半の職員居住区に暮らしている。 別に、土地不足という訳ではない。希望すれば、もっと広い空き家を割り当ててもらえるだろう。 だが僕は狭い所が好きだ。 こう言う狭い所で、横になりながらスティービーワンダーのアルバムを聴くのが好きだ。 今日も朝から寝そべり続けていた僕の顔に、日の光が差し込んだ。 窓から顔を出してみると、雲の切れ目から青空が顔をのぞかせていた。 そう言えば昨日はスコールだったっけ、なんて事を考えながら、僕はなんともなしに顔を洗って、着替えた。 ノリのいい70年代特有のビート感に合わせながら、僕は口笛を吹く。 別に誰かに聞かせようなんて訳じゃない。自己満足だ。 そう―――――ただの自己満足。 ○ そこに、僕のお隣さんがやってきた。 上下は緑のジャージに包まれて、なんだか異様な格好に見える。 だが、その少し太い赤淵眼鏡をかけた女の子は、この島にはとてもに合いそうにない色白で綺麗な顔をしている。 名前は知らない。僕が聞かないのもあるが、向こうも教えようともしない。 しょうがないので、僕はいつしかその子をミドリと呼ぶようになった。 彼女は数少ない医療センターからの帰還者として、この島ではある意味有名人だった。 僕よりも先にここに住んでいて、色々と僕に教えてくれる頼もしいお姉さんである。 「――どうだった? 昨日の仕事は」 「どうもなにも、いつも通りだよ。いつものように冴えない顔が5人分」 僕は立てつけの悪いドアを無理やり押し込んで、ミドリに顔を向けて言った。 「あらそう。私は救世主がやってくると踏んでいたのにね」 救世主とは、出会ったときからミドリが口にしている―――妄想のようなモノだ。 彼女によると、その救世主はこの島にジェノサイドをもたらすらしい。 それではまるで、虐殺者だが、彼女に言わせれば救世主らしい。 「来る訳ないだろ。だいたいそんな奴はこんなところに来ないだろ」 救世主は救われない魂を殺戮によって救うらしい。 全く僕には理解できない。理解できるのはミドリがドMだという事だけだ。 「いやいや、そういう人だから来るのよ。悪も行く所まで行けば、正義となりえるの。裏の裏は表って言葉は知ってるでしょ」 「ここに来る奴みんなが悪人だなんていうのは聞き捨てならないな。ここは刑務所じゃないんだぞ」 僕達は、今日は嫌な仕事をしなくてはならない。それこそ、吐き気を催す仕事だ。 そんな仕事を前にして、こんな他愛もない話をする理由は一つだけ。気をまぎらわすため。 「今日の死体は何色なんだろう―――予想してみようよ」 ミドリは狂った人間だと思う人がいるかもしれない。だが一つ言っておく。これでも彼女は『この島では』まともな方だ。 そして僕もまた『この島では』まともな方だ。 あまりにも人の死に、驚かなくなってしまった―――少しイカれた人間なのだ―――― 「そんなの分かる訳ないだろ。多分君のジャージと同じ、緑色に腐ってるんじゃないのか」 「あら、ちょっと嬉しい」 何が嬉しいんだ。このドM女め 僕達が向かっているのは、島の西にある大きな滝。 やることはただ一つ。 死体を埋めるか、動物に食わせるか、回収するか―――要するに、海へ出さなければそれでいいのだそうだ。 僕は快晴の天気とは対照的な、曇りの多いもやもやとした気持ちで、歩みを進めた。 |