- スコール -
 その日は珍しく雨だった。普段なら温厚な気候が朝から晩まで続くはずのこの島に、不思議なスコールがやって来た。
 それでも船はやってくる。あれは小さな船―――物資を運ぶためではない。数人の、現代の病を患った人達を運ぶための船だ。
 海辺に作られた小さな波止場の近くにその船が止まると、僕は船と波止場の間に細長い木の板を掛ける。
 こちらに渡って来るための橋渡しにするためだ。
 ガチャリと音がして、小船のドアが開いた。中にいるのは――――数人の、年齢も性別もバラバラな人間である。
「最後の島へようこそ。足元に気を付けてください。島の役所までご案内します」
 最初に出てきたのは、なんだかやつれた中年男性だった。もうそれだけで、この人がここに来た理由が分かる。
 おそらく、リストラか、倒産か―――家族を養えなくなり、生活も維持できなくなり、そして、自殺をしようと試たのだろう。
 遺書を手に持ち、そこで初めて改めて死ぬことへの恐怖を覚えて戦慄し、しゃがみ込んだままの所を、自殺防止委員会の見回りの人に見つけられる。
 人づてに聞いた話によると、どうも最近は監視カメラで自殺未遂者を確保しようなんて事までやっているらしい。
 よく、会社は社員をモノ扱いしているなんて言われることがある。
 だけど、これこそ人間をモノ扱いしている証拠じゃないかな。あなたは監視カメラの映像に捕えられ、それによって鳴り響いた警報によって自殺することを未遂にされました――――あぁ、なんだか英語を無理やり日本語に翻訳したみたいな変な文章になってしまった。
 まぁ別に、僕にとって他人はどうでもいい。僕の仕事はこの人達を役場まで連れて行くこと。それが終われば、今日の仕事は終わりである。
 小船に乗っていた最後の一人が渡り終えたのを確認して、僕は板を外す。小船は音もなく、スコールの中に消えていった。
 今日送られてきたのは―――5人か。まぁいつも通りってとこか。
「――ついてきて下さい。役場はすぐそこです」
 それだけ言って、僕が役場に向かって歩き出すと、5人は素直についてくる。まるで―――そう。死の行進とでも言えばいいのだろうか。
 僕達は、波止場のすぐそばにある少し大きめの2階建ての建物に向かって行く。
 薄暗い明りがほのかに光っているのが見える。しかし、人の気配は感じられない。それでも人はいるのだが。
「あの……」
 僕の真後ろにいた女性が、口を開いた。
「ここって……どのくらいの患者さんが生活してるんですか?」
 なんだか随分と怯えた声だった。それに若いしかわいい声だ。
 まぁ、別に取って食おうなんて思ったりはしないけど。だが、この島にいる以上はそれに気を付ける必要性も出てくるのだが。
「島の人口はよく分かっていません。医療センターから逃げ出す患者さんが結構多いので、正確な数は分からないんです」
 僕は感情を押し殺して、淡々と答える。
 それが一番相手を安心させる―――この仕事をやってきて学んだことだった。
「そうですか……」
 それっきり女性は口を閉じたままだった。間もなく僕らは役所に着いた。
 横引き戸の玄関をノックすると、中から「どうぞ」と聞こえた。
 僕は無言で扉を開けて、5人に言う。
「どうぞ、入ってください。これからの生活について、院長の合田から説明があります」
 5人は静々と中に入っていく。それを見届けて、僕は扉を閉めた。
 僕は中には入らない。なぜならこれで仕事は終わりだから。
 ―――この5人の行く末は決まっている。
 それぞれに、小さな居住区を与えられ、後は自由放任ということになる。
 その生活の中で、健康に障害をきたしたり、自傷行為・自殺未遂を行えば、医療センターに収容される。
 医療センターに収容され、もとの自由放任生活に戻ってくる人間はわずかしかいない―――のだそうだ。
 そうだ――というのは、僕は職員地区に居住しているからである。
 単純に、この島は2つのタイプの人間しかいない。
 職員と患者だけだ。
 僕はスコールで濡れた頭をさっさと乾かそうと、小走りで職員地区に駆けて行く。 
 スコールはまだまだ続きそうだった。


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