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「ひ……酷い! 最低!」
 目を怒らせて、まこちゃんは僕の持つボイスレコーダーを奪おうとするが、もちろん取らせるわけもなく僕はそれを再びふところにしまう。
「ここで騒ぎを起こしたって何にもならないよ。君がお父さんと一緒に刑務所に入るぐらいかな」
 それはそれで、彼女にとって幸せなのかもしれない。
 幸せのカタチというものは、どうもたくさんあって困りものである。
「あなたのこと、嫌いです!」
「嫌いで結構。おっと、電話だ」
 ブルブルと振動する携帯電話を手にとって、耳に当てる。
 当てる前に確認した画面には、僕の友人の名前が写っていた。
「もしもし」
『もしもし、楠木(くすのき)だ。前田の件はどうなった』
 見えない相手に話しかける僕を、まこちゃんはじっと見守っている。
 僕が何者か見定めようとしているのか。
 それとも、もうどうしようもないと諦めているのか。
 僕には分からない。
「とりあえず、証拠はすべて抑えたよ」
『ありがたい! 感謝するぞたやまん』
 たやまん、とは僕のあだ名。
 格好良く言えばコードネームでもある。
「多分前田はまだアパートにいると思うよ。娘さんが来るのを待っているだろうからね」
『わかった。すぐにこっちの者を向かわせる。娘はどうするんだ?』
 僕はまこちゃんの方をチラリと見た。
 楠木の声がバカでかいので、すべて聞こえていたからだろう。
 もう、彼女の可愛らしい瞳は怯えの色一色で染まっていた。
「僕が連れて行く。とりま、そっちはそちらの仕事に専念してくれればいいよ」
『そうか。じゃぁまた、日が真上に昇った頃に電話する』
「正午って言えよ」
 僕がツッコミを返したときには、もう電話は切れていた。
 せわしないやつだと、いつも思う。
 と、携帯端末をしまう僕の横から、まこちゃんが殺気を込めて言った。
「今の、警部さんですか」
「うん。ご名答」
 僕はまこちゃんの方を振り向かずに言った。
 鬼のような形相をした女性を見るのはあんまり好きじゃないからだ。
 例えるならそう、カビが生えまくった極上のチーズケーキと言ったところだろうか。
 とりあえず、食べたくない。
「僕の古い友人。高校の同級生。がんばりやさんだよ、この年で警部だなんてさ」
「そんなどうでもいい情報聞きたくありません。それより、私をこれからどうするんですか」
 どうでもいい情報を垂れ流した元祖は君じゃないか、と僕は否定したくなったが、まこちゃんが今にも僕に食いかかってきそうな感じだったのでやめた。
「どうなるって、とりあえず僕についておいでよ」
「私は可愛いアヒルの子じゃないんです! ホイホイついていく訳ないじゃないですか!!」
 ふむ。
 確かに。
「それに、まだ納得いかないんですけど。なんで私が来ることとか分かったんですか」
「あぁ、そうだね。それをまだ言ってなかったね」
 というか、まずお父さんに「逃げてー」とか電話しなくていいのだろうか。
 なんて思ったけれど、人って案外抜けてるところがあるものだから、そういう手段を見落としているのかもしれない。
 それに、僕はいちいちそんな事を彼女に進言するつもりはない。
 こういう時、自分だけは抜けないようにしているからだ。
「ぶっちゃけるとね。まこちゃんがここに来るきっかけを作ったのは、僕だ」
「はぁ。どういう意味ですか」
「そうだね……」
 僕はおでこに人差し指と中指を当てて、ちょっと考えてみる。
 目の前で困惑顔してるまこちゃんが「なーるほど」と手を打ってくれるような明快な答え。
 それは、単純なものだった。

「送電線を切ったのは、僕だ」


 

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