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まこちゃんがあんぐりと口を開けたまま閉じそうにないので、僕はさっさと作戦の全容をばらしてしまうことに決めた。 「大家さんは君と一緒に外国へ逃亡する機会を狙っていた。でも、中々機会はやってこなかったんだ」 三度も整形して履歴を抹消。 元々の大家を恐らく殺し、そっけなく成り代わった彼でもやはり休息は望んだらしい。 少なくとも、警察の追っ手がコーポ清水台の付近の捜索を打ち切るまでは動くつもりは無かったようだ。 「さっき君が言った通り、僕には警察の知り合いがいてね。彼に頼まれたんだ。『俺らがS(清水台)付近の捜査を打ち切るから、お前は送電線を切ってくれ』ってね」 よーするに、先程僕と大家さんが交わした会話の内容は九割五分想定内の範囲だったわけである。 電力会社も捜査に協力してくれたわけで、なんともまぁ都合よく話が進むのもまた、国家権力の強さを物語っている。 僕は絶対敵に回したくない。 「それで、僕は言うとおり実行したさ。会社に行く前に、チョキっとね。僕の部屋ってさ、アパートの端っこだから窓から手を出せば送電線に届くんだよね」 大体、大家さんも馬鹿な男である。 あんな高いところの送電線を、どうやって目立たぬように切れるというのか。 あんなぶっとい送電線、専用のはさみを持ってこないと、とてもじゃないけど切れない。 「それで、お父さんは……」 僕がいやらしく種明かしをするたびに、まこちゃんの表情は曇っていって、僕は少し嫌な気持ちになった。 「うん。見事に騙されてくれたよ。坂本君が残るのは想定外みたいだったけどね。彼がいなければ君のお父さんはとっくに逃走してただろう」 坂本君が警察の手先だとでも思っていたのだろうか。 まぁ、用心深いとは聞いていたけれど。 僕がネットカフェに行って、まこちゃんがここにやって来て、お父さんが坂本君を殺したらまこちゃんに連絡が入って一緒に逃走……という流れが頭に浮かんできた。 でもそれじゃぁ、坂本君はもう死んでいることになる。 いや、まこちゃんに連絡が入ってないからまだ殺されていはいないのかな。 でもそもそも、今回の計画はまこちゃんをおびき出して、それを証拠に大家さんを御用! という感じだから警察はそこら辺抜かり無くやってくれるだろう。 まさか坂本君を生贄カードにする程警察も酷じゃないだろうし。 と、僕が考えている内にまこちゃんがまた泣き出してしまった。 涙って本当に枯れないんだなぁ、とちょっと感心してしまう。 「まぁまぁ、まこちゃんは悪くないんだし」 僕はうずくまって泣きじゃくるまこちゃんの背中をポンポンと叩いてあげる。 原因となった人間に罪はないのに、どうしてこの子はこんなに苦しまなくちゃあいけないんだろう。 ちょっと腹が立つ。 「それに、そろそろ朝日が昇るよ。ほら、外の空気でも吸いに出ようか」 僕はまこちゃんの肩を持って立ち上がり、彼女の席まで連れて行く――――と、番号を聞いていなかった。 「席番号、いくつ?」 「よんよんよん……です」 「……ありゃ」 なんと演技の悪い番号だろう。そういう席番号は飛ばすか外すべきだと思うのだ。 日本的に考えて。 考えながら、僕はまこちゃんが荷物を取っている間に自分の席に戻って荷物を整理する。 今日もワルキューレちゃんの笑顔が眩しい。 でもそんな眩しい笑顔も、ちょっとカバンの中でお休みである。 「さてと。まこちゃん、いこっか」 「はいっ」 僕が振り返ったら、既に彼女は席をすぐ出た通路で待っていてくれた。 僕たちは二人連れ立って受付まで歩いていく。 地底人が地上に出るのってこんな感覚なのだろうか。 いや、それよりは核シェルターから出る人類の感覚かな。 「おっと」 突然、携帯端末が震える。 画面には楠木の文字。 大家さんを捕まえたのだろうか。 「もしもし」 『もしもしっ!』 聞こえてきた声は、とても息が荒くてむさくるしかった。 「どうしたの。そんなに慌てて」 『田山ッ! その店から出るなっ!』 「はぁ?」 別に24時間料金をキャンセルするぐらいの金は持ち合わせているのだけれど。 『前田が勘付いて逃走しやがった! 俺たちは交渉のためにお前と一緒にいるヤツの娘を人質に使う! だからそこから離れるなッ!!』 「やだなぁ楠木。冗談もほどほどに」 『冗談じゃねぇ! いいか? 絶対そこから出るなよ? 死にたくなければな!』 「ちょ」 僕が文句を言おうとしたら、電話は既に切れていた。 「…………」 目の前でまこちゃんが目を丸くしている。 ついでに、近くにいた店員も目を丸くしている。 「お父さん……頑張ってるんですね?」 まこちゃんの丸い目に、光がともった。 「うん。まぁ」 僕は、短く頷くことしか出来無かった。 ――――それから一週間後、ついに前田無一は逮捕された。 結局、どこかのレストランに立てこもって籠城戦を繰り広げたらしい。 『犯人は隠し持っていた拳銃で自殺した模様……』 ネットカフェ内の小さなテレビから流れてきたニュースを見て、まこちゃんは泣いた。 僕も、少し泣いた。 終 |