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 765番席は小さく区切られている区画の一つにあった。
 小さく区切られた区画、というのは二メートル四方の小さな部屋と考えてもらっていい。
 ようするに、とっても小さい部屋にパソコン一台と椅子が置いてあるだけの空間が僕の目の前に広がっていた。
 広がっていたなんて言い方をすると、まるで何時間も暗い洞窟を探検してからイキナリ広大な草原に出くわした時の冒険者のつぶやきに聞こえてしまうが、ここはネットカフェである。
 ダンジョンでも冒険の地でも何でもない。
 僕はそんなわかりきったことを頭の中で反芻しながら、ゆっくりと音を立てないように小さな空間に入っていった。
 確かにここはダンジョンではない。
 だが、この静けさはまるでダンジョンだ。
 間違って迷い込んできても、勇者はきっと探索して攻略してしまうに違いない。
 この雰囲気に勘違いして。
 そして、得体の知れない臭いを発する利用客をモンスターだと勘違いして攻撃、店員に通報されて御用というオチになるだろう。
 もしそんな場面に遭遇したら、僕はこう言いたい。
「ゆ、勇者のくせになまいきだー!!」
 と。
 そういえば、現代では勇者という言葉は様々な意味合いで使われるものなのだが、そんなウンチクを思い出す前に僕はまず仕事を片付けなければいけない。
 今では珍しい四角いブラウン管ディスプレイの横にワルキューレちゃん人形を置いて、僕はおもむろにパソコンの電源をつける。
 物凄く太ったミツバチが頑張って1センチ浮き上がるような音を立ててディスプレイに光が灯る。
 その間に僕は持ってきた鞄をあさり、中にある様々な記憶媒体を取り出して仕事にとりかかる準備を初める。
 要はここに記憶されているデータを目の前のパソコンで読み取って作業をして、ネット経由で会社の共有フォルダに転送してしまえばいいだけの話である。
 そんな感じで仕事のことを考え始めた僕の頭の中に
「あ、明日の出勤どうしよう」
 突然、未来のことが浮かんだ。
 けれど、画面に表示されたカレンダーを見て僕は胸をなでおろす。
「そういや今日は金曜日だったか」
 一応土日祝日の仕事は自発的労働にまかせるのが僕の会社の規則である。
 まぁ自発的、とは言ってもほぼ強制労働と変わりはないのだが。
 まったく、人間の無言の視線ほど怖いものは無いのである。
 とりあえずここから会社に出来た仕事を送り続けてれいばお咎めは無いと思われるので、僕は携帯端末のイヤホンジャックに小さなヘッドホンを差し込んだ。
 それから画面をいじくり、出てきた曲名は『ワルキューレの騎行』
 僕が仕事をするときのテーマソング、それが『ワルキューレの騎行』なのだ。
 ヘッドホンを耳につけて再生ボタンを押せば、そこはもう僕のワークスポットであり、眼球を薄暗く光るパソコンのディスプレイへ釘付にしながらただひたすらキーボードを叩く叩く。
 
 ――――そんな感じでようやく僕が仕事を始めた頃、日付が一日進んだのだった。

 二日目へ続く
 

 

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