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 ふらふらとした足取りで、僕は大家さんの部屋のドアから離れた。
 ちなみに大家さんは無言で気味の悪い笑みを僕に一秒の半分ほど見せてからそれなりに音を立ててドアを閉めたのだが、別にそんな間は必要なかったと思う。僕にはそんな不必要なひとときすら惜しいと感じられるからだ。
「仕事、どうしよう」
 スーツのポケットから取り出した電子端末のスイッチを入れると、タスクマネージャーが真っ赤になっていた。
「……おうふ」
 やばい。
 レッドラインが迫ってる。
 様々な意味の最端を含んだ末恐ろしいレッドラインが僕の心を締め付ける。
 どうしよう。
 イライラして目の前の電子端末の画面を無理矢理押したら顔面全体がいやらしく点滅したけれど、それをやっても目の前の問題は消えない。
「とりあえず部屋に戻るか」
 心の中でいつもお世話になっております電子端末君にすまないとささやいて、僕は先程下りてきた階段をまた上っていく。
 人生山あり谷ありという言葉があるらしいが、僕にはこれから先谷しか無いような気がしてしょうがない。
 けれど、そのまま谷底に落ちて行くなんてなんだか格好悪いとも思うのである。
 ちょっと、上ってみよう。
 そう思い込んでみたら少し足取りが軽くなり、気づいたら自分の部屋に戻って仕事用具一式をカバンに詰め込んでいた。
 机の上に散らばるCDやらUSBメモリやらSDカードやらを一つ一つチェックしていく。
 ちなみに部屋の掃除はあまりしていない。
 時間がないからというのはまぁ言い訳なんだけど、それが言い訳にならない環境で仕事をしているんですよ、と僕はいつも笑ってごまかすのだ。母とか父とかに。
 あの二人にはもっと笑っていてほしいものである。
「これとこれと……あ、あとワルキューレちゃん人形も必要だよな」
 デスクトップパソコンの横にちょこんと置いてあるワルキューレちゃん人形を僕は手にとる。
 丁度胸の辺りに僕の親指が来たので、少し力を込めてみたらふにゃりと凹んでしまった。
「……張りが無い」
 と、そんな冗談はほどほどに僕はパンパンに膨らんだカバンを手に部屋を出た。
 目の前に広がるのは真っ暗な住宅地。
 ここは二階なのでそれなりに景観はいいのだが、やはり送電線が切れたためなのか真っ暗だ。
 僕は軽い足取りで階段を下りて、コーポ清水台を後にした。

 さらば、我が城よ。
 いつか、また会う日まで。

「さて、どこにいこうか」

 ここで問題。
 
 無駄に格好付けた無計画野郎は誰だ。
 
 
 僕だ。
 
 
 と、言うわけで僕は夜の住宅街をあてもなくさまようわけにも行かないので、駅に向かった。
 なぜか。
 どこかの住宅街にお宅訪問したら警察に通報されるし、かといって公園に行ってホームレスの真似事をしたってネットが無ければ仕事が出来ない送れない。てかそんな真似事したくない。
 そんな曲がりくねりすぎてどこが出口だからわからなくなりそうな迷宮思考を経て僕が出した結論。
「そうだ、ネットカフェに行こう」
 とりあえず寝ることが出来るし、ネットにも接続出来る。
 今の僕にとってはエデンとしか思えない環境が、それなのだ。
 僕は暗い住宅街をふらふらと歩き続けた。
 エデンが僕を待っているからだ。
 
 多分、エデンに種類があるなら最低位に位置する可能性が無くも無い、電脳エデンが。
 

 

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