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 僕と坂本君の間でゆらゆらとローソクが揺れている。ほのかに感じる炎の熱を僕は心地よいとすら思うのだ。だから彼にするはずのもうひとつの質問を忘れてしまいそうだった。
 
 勿論、僕は思い出して彼に尋ねる。
「あともう一つ、なんで君はローソクを持っているんだい。買ってきたの?」
 ローソクで温められた空気のせいだろうか、坂本君がゆらゆらと揺れているように見える。
「いや、これ元々持ってたんす」
「そりゃまたなぜ」
 現代の生活においてローソクに世話になる機会など誕生日とハッピーバースディ(大事なことなので2回言い換えました)以外には何もないと思える。しかも目の前にあるのはとても太いローソクである。
 こんなものをケーキに刺したらそれ自体の重さに耐えられず地盤沈下で沈んでしまうに違いない。
「ローソクを使った集中力養成法があるんす。それを通販で買ったんすよ」
「へぇ………」
 こんな腑抜けの僕が言うのもなんだが、坂本君は真面目な人間である。だからこそこういう物には気を付けて欲しいものだ。別に彼が騙されているなどとは僕の口が裂けても言うつもりはないのだけれど。
「でも、いいのかい? こんな部屋で火を燃やし続けるなんて」
 このローソク一本の明かりではよく分からないが、少なくとも僕達の周りを囲む闇の中にはおびただしい数の参考書や問題集が転がっているはずである。僕は以前彼の部屋の来たことがあるが、何故か赤本が20冊ぐらいあるのを――――しかもすべて大学が違うのだ―――見て彼に質問した。君は体一つで一体いくつの大学を受験して通うつもりなんだと。坂本君は少し黙ってから「不可能は可能になるために存在するんす」とだけ言った。そして未だに彼の名言は僕の目先に馬の鼻先にぶら下がる人参のごとくぶら下がり続けて悩ませるのだ。やはり、名言とは理解するのが難しいものなのかもしれない。
 「大丈夫す」
 坂本君はローソクの先の炎を見つめながら即答した。
「そっか。でも、冬場は乾燥するから一つでも火がついたら大火事はまぬがれないね」
 僕はにこやかに彼に笑いかける。向こうには僕の笑顔がゆらゆら歪んで見えるのだろうか。
「田山さん、相変わらず冗談キツイっすね」
 今この会話で僕の性格が歪んだものだと思った人はそれが過ちであることを認識してほしい。
 僕と坂本君は楽しげに会話をする懐の狭い間柄なのだ。
 
 
 ○
 
 
「さて、こうして現実逃避をしているのにも限りがあるよな。どうしたものかな」
「と、言いますと?」
 僕はもそもそと少しづつこたつから体を抜き出しながら彼の質問に答える。
「とにもかくにも送電線の断線を修理してもらわないと、僕の場合は生きるか死ぬかの問題になってしまうんだよ。仕事の関係上」
 僕は指先でキーボードを打つ仕草をしてみせる。
「えっ、それなら明日から会社に泊り込みすればいいんじゃないんっすか」
 体は動かさず、口元だけ動かす坂本君。
「いや、それはできないんだ。僕はもう家で仕事が出来るって申請してるから」
「………どういうことすか」
「僕の勤めてる会社は本社の支部なんだけどね、あんまり広くないんだ。だからみんながお泊りするとなると横になるスペースもなくなっちゃうぐらいでね。仕事上でストレスもたまるから縄張り争いで喧嘩にも発展することがあるのさ」
「………IT関連企業とは思えないすね」
 確かに。情報系と弱肉強食系、なんというギャップとコントラスト。グラデーションには間違いなくなりそうにない。
「それを防ぐために、家に帰れる人はちゃんと帰って、残る人は残る。って最低限それだけはルールとして決まってるんだ」
「小学生レヴェルっすね」
「社会人なんてそんなものさ」
 僕は最後までこたつの中に残っていた足先を抜き出しながらぽそりと答える。
「そんじゃま、お世話になったよ。とりあえず大家さんに相談してくることにするさ」
「………最初から大家さんの所に行けばよかったんじゃないすか」
 坂本君は珍しく疑惑の念を顔に浮かべている―――ように見えるがこれは彼が大家さんのことが大嫌いで口に出すのもはばかられるので、口に出す時はどうしてもこういう顔になってしまうそうだ。恐ろしいほど正直だな、と思う。
「ま、いいじゃない。こうして二人で楽しく話も出来たんだし」
「そうすね。何ごともプラス思考がいいすよね」
 彼は顔を元の無表情にして言った。
「うんうん。それじゃ、受験勉強がんばりなよ」
「はい。欲しがりません勝つまでは!」
 坂本君の時代錯誤なキャッチフレーズを背中に受けて、僕は彼の部屋を後にした。


 

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